早朝、月の光を浴びながら、海に向かって耳を凝らす。ボボッ、プクプッ……。澄み渡る静けさの中、流氷の「つぶやき」が聞こえてきた。
知床半島の中ほどにある斜里町・ウトロ地区。眼前の白くぼんやり光る氷原は、ところどころ暗い海が口を開け、巨大なハスの葉のような氷を浮かべている。幻想的な景色が明るさを帯びるにつれ、「つぶやき」は徐々に長く、周期的になってきた。その音と共に氷のハスがゆっくりと動く。氷原の下で、巨大な生物が静かに息をしているかのようだ。
「氷が溶けて空気が出てくる音ですよ。今は海が氷にふたをされて静かですけど、正月のころは、すごい波音でした」。案内役を引き受けてくれた田畑二郎さん(65)が話す。この海で、かつて漁師をしていた。
流氷が山のように折り重なってビッシリ接岸すれば、海が動くと氷が擦れ合い、深い響きのある音がするそうだ。「船が壊れるような、不気味な音もします」
流氷のたてる音は実に多様だ、という。だが簡単には出会えない。7年前、流氷の音を求めて冬の紋別を訪れたが、ついに風の音しか聞けなかった経験がある。風の強さや向き、氷の状態、潮の干満といった自然の条件次第なのだ。しかも近年、肝心の流氷が減ってきたとされる。地球温暖化の影響らしい。
漁師を苦しめた「白い悪魔」は、今や祭りや催しのテーマとなり、地元の人も「流氷がないと始まらない」と話す。主役が「幻」とならぬよう、北の海に向かって祈らずにはいられなかった。
(鳥越けい子)