星明かりの下、湖の対岸の、森の小動物の気配が間近に感じられる。樹上のムササビ、遠くにフクロウのくぐもった声、ヨタカの鳴く連続音……。ホトトギスが時を告げ空が白み始めると、目覚めた小鳥たちが歌い出し、山から天然の反響を伴って湖畔に降り注ぐ。
四尾連湖は周囲1キロほどの小さな湖だ。山の中腹にあり尾根で囲まれているので、人里から比較的近いのに下界の音がほとんど聞こえない。
「物音がふと静まった瞬間、本当にシーンという音が聞こえるんですよ」。地元で山荘を営む望月公彦さん(64)が言う。教師だった祖父が、わらぶきの農家を湖畔に移築して隠居暮らしを始めたのは60年以上前のこと。戦争中に家族も移住、戦後に宿を始めた。建物は建て替えたが、親子3代で守ってきた宿だ。
子どもの頃は対岸で耳を澄ますと宿の柱時計が時を刻む音が聞こえた、と望月さんは言う。祖父の記憶は、応接間に掲げた書。「ここは天国なり、皆様は天人なり」。ここは天からの預かりもの、訪れる人も自分たちも、謙虚に穏やかに過ごしたい−−そんな「家訓」だ。
亡き母親は先代おかみとして教えを守り、暇さえあれば湖の掃除を心がけた。物心がつく前からずっとここで育ってきた望月さんも、役場を早期退職して「ごく自然に」この道を継いだ。「木がずいぶんと伸びて山が大きくなった感じはするが、何もない静寂は昔のままです」
昨年、四国へ嫁いだ娘夫婦が戻ってきた。湖を見守る宿の、いずれ4代目となるはずだ。
(兼古勝史)