朝もやがかかる森に、差し込む光のように無数の鈴の音が響き渡る。杖(つえ)に結んだ魔よけ・獣よけの鈴だ。上り坂ではカリン、カリンと力強く、下り坂ではシャンシャンと涼やかに、道中の気持ちを引き立てる。
弘法大師に縁の深い四国八十八のお寺を巡る「お遍路」。大師が歩いたとされる千数百キロの道のりを、大師と共にと念じながらたどる巡礼は、今なお多くの人を引きつける。
終点の讃岐路・大窪寺の前に、小さな民宿がある。おかみの安部キミエさん(75)は、戦後間もない頃、八十八カ所を全部歩いた。病弱な体が丈夫になるようにと母親が願掛けをし、全行程の遍路を命じたのだ。
「十里十カ所といって、一番から十番まで娘5、6人で遍路するのが嫁入り道具みたいなもんだったんだわ」。でも、若い娘が独りで歩き通すのは異例のことだった。「食べモンに困らんようにと着物のいたるところにお金を縫いこんで、宿に納める米三升、持たせてくれた。でも、すぐに尽きてしもてな。後は托鉢(たくはつ)。もう心細うて」
食糧難の時代、行く先々の子供たちから棒でたたかれ追い払われた。飢えにおびえる毎日を、母との約束だけが支えた。2カ月半後。家に帰りついた娘を、母親は泣きじゃくりながら出迎え、抱きしめた。
「大窪寺に杖と笠と鈴を納めてな。もう鈴の音は聞こえんでしょ、今度は逆に心細うて。あくる日、大窪寺に鈴だけ取りに戻ったさ」
今も大事にとってある、棺桶(かんおけ)に必ず入れてって遺言しとるの。そう、ころころと笑った。
(横内陽子)