強風が吹き付ける岬で、うなり声のように聞こえた波の音が、ここでは海辺でよく耳にする反復音に変わった。渥美半島の突端にある浜辺。男女の悲恋伝説から、「恋路ケ浜」と呼ばれる。
沖に見える神島は、三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった。こちらは漁村の無垢(むく)な男女の、あまりに健康的な恋の物語だった。たくましい青年の「若々しい血潮の流れと調べを合わせているよう」と描かれたのが、潮騒の音だ。
潮が満ちてくる時に、波が騒ぎ立てる音。辞書にはこうある。しかし地元の人たちに聞いて回ると、彼らが「潮騒」と呼ぶ音は、実に多様な表情をしていることに気づく。波打ち際の音、海鳴り、波が引く際に小石にあたる音、潮の香りを含む海全体の気配……。神島出身の元船員、小久保勝彦さん(68)によると「流れの速い潮が岩場に当たる音」になる。海が荒れた時は波が砕ける音、凪(な)いでいれば川の清流にも似て聞こえる、という。
波打ち際を歩いてみた。海面が濃紺と明るい水色に染め分けられ、潮目ができているのが見えた。そしてザーザーという、増水した大河のような音が耳に入ってきた。清流という感じではないが、ただの波の音とも違う。やがて潮が満ちてきて、その音が浜を包み込んだ。まさに、「若々しい血潮」のようだ。
小説では、若い2人の恋が成就したとき、潮騒は「海の健康な寝息のように規則正しく、寧(やす)らかにきこえた」とある。そんな響きも、聞いてみたくなった。
(小林田鶴子)