年齢43才。浅草在住7年。ベランダ園芸歴10年。それがつまり、以後お見知りおきいただきたい俺(おれ)のすべてなのである。
自分のことは造語で勝手に「ベランダー」と呼んでいる。庭を持つガーデナーと区別をつけているのだ。
断っておきたいが、特にガーデナー諸氏と敵対関係にはない。ただ、やっかみだけはおおいにある。
ああ、庭さえあればあの植物もこの植物も育てられるのに……と思いながら、自分としてはあえて不自由なベランダを選んでいるつもりになっているのだ。都会人のいきがりである。
そして、どんなに狭い場所でも自分の目を楽しませてくれる植物たちに、言いようもないほどの深い愛を注ぐ。それがベランダーというもののありようだろう。
春。特に4月はベランダーにとって福音の時である。外では桜が咲いている。一方自分のベランダでは、申し合わせたようにあれやこれやの鉢から緑の芽がふきこぼれ、花が咲いてくれる。
厳しく、挫折の多かった冬の水やりの苦難を忘れ、我々は何かというとジョウロを持ってベランダに出る。植物はこの時期、いくらでも水をのむ。根腐れの心配がまずないから、一日中でも水をやっていたくなる。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
俺のベランダではまだボケが咲き続けており、黄色い水仙の花が風に揺れている。また、それが何だったか失念していた小さな木から赤い蕾(つぼみ)があらわれて匂(にお)い桜だったことを自己申告し、買ってきたばかりのカリンが早くも環境に慣れて花の準備をしているところだ。
藤の花の穂がいくつも垂れて開花を待っているのは、今は桜に主役をゆずっておこうというスター同士の余裕だろうか。あるいは話題を奪われるに決まっているからと、わざわざタイミングを調整しているのか。
春のベランダには、書きたいことがそれこそ山のようにある。仕方なく家の中に置いておいた鉢にも日々変化があり、注意力さえあれば時々刻々と生命が動いていることがわかる。
そちらのベランダはどうです? 植物の素晴らしい命は。