花というものは、日の光がさし込む方を向きがちである。葉にしても同じだ。
この当たり前の事実が、ベランダ園芸家をおおいに悩ませることになる。
なぜなら我々は常に、咲いた花を裏側から見ることになるからだ。部屋の中から花の盛りを眺め尽くしたいと思っても、やつらは外の方に顔を向けている。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
仕方がないのでサッシを開け、サンダルをはいてベランダに出る。で、わざわざ回り込んで花の正面を見るということになる。この手間が実に歯がゆい。
俺(おれ)が水をやり、肥料をやり、風から守ろうと添え木までしてやったにもかかわらず、ベストポジションはお日様が独占。親の心、子知らずとはこのことだが、太陽には逆らえない。
しかし、つい先日まで咲いていた匂(にお)い桜だけは違った。写真を撮ろうとしてカメラをかまえた時にはっきりと認識したのだが、ニューッと飛び出した薄緑色の部分(それをなんと呼ぶのか知らないし、調べもしない。その方針で俺はこれまでやってきている)の先っぽで、ピンクの花はどれも下を向いていたのだ。
むしろ太陽からその身を隠したいといった風情である。不思議なものだな、と思いにふけっているうちにはっとした。俺はすぐに玄関に向かい、地の利を生かしてほんの2分ほど小走りになると、その頃まさに桜が満開だった隅田川のへりに到着したのである。
見上げてみると、ほとんどの桜の花が俺のベランダの匂い桜同様、下を向いて咲いていた。つまり、桜というものは基本的に、見上げる者の方を向いて咲くのだ。もし太陽に顔を向ける花ならば、我々は裏側しか見ることが出来ず、花見に興じることもないだろう。
品種改良でそうなったのだろうか。だとしても改良は相当に古いはずだった。花見という文化は、桜が下向きに咲く特性なしでは発生し得ないだろうからだ。
なぜこんな明らかな事実に気づかなかったのかと、俺は自分を責めた。家に帰ると、俺に重大な事実を告げた小さな匂い桜は風に揺れていた。下を向いて咲く以上、俺ははいつくばって花を楽しむしかなかった。
いずれにせよ、ベランダが歯がゆい場所であることに変わりはないらしい。