「いとうさん、大きな沈丁花(じんちょうげ)が○○スーパーでなんと2000円! お買い得!」
そういうのっぴきならない携帯メールがご近所ベランダーから届いたのは、先月末の夕刻であった。当然俺(おれ)はとるものもとりあえず自転車にまたがり、指定されたスーパーまで急いだのである。特売品は誰かに先をこされたら終わりだ。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
入り口のハムスターに一瞬気を取られつつも、ペット用品売り場を突っ切り、屋外の植物売り場へ出る。
すると、あったあった。売れ残りの沈丁花がひと株だけ、水入りのバケツからガサッと飛び出している。
俺は経験上、すかさず値札を確認した。特売に目がくらみ、商品をひっつかんでレジに持っていくと「ああ、これだけは通常値段です」などと言われるケースがままあるからだ。
だが、その高さ140センチほどの沈丁花は違った。事実、たったの2000円。
2000円の理由は明らかであった。沈丁花は早くも徒長して枝のまとまりを無残に失い、香りの濃いあの小さな花はどこを見ても茶色く枯れ始めていたのだ。
だが、鉢植え界において特売品とはそうしたものである。値崩れを狙ってすかさず買い、ベランダで養生して翌年咲かせる過程がまた面白いのだ。
というわけでまんまと特売品を購入した俺は、自転車の前についたカゴにその怪物化した鉢を突っ込み、走り出した。が、前方が見えない。なにしろやつは思うさま徒長していやがる。
よろよろ走って家に帰りついた俺は、はやる気持ちを抑えきれず、すでに日も暮れて暗いベランダで、勘だけを頼りに植え替えを行った。手探りではありながら土が不足しているのがわかると、俺は迷わず隣のプランターにシャベルを突き入れた。そこに何かの種をまいておいたような記憶もあったが、かまうものか。
こうして3週間。沈丁花は元気である。葉だけを青々と茂らせ、花ひとつない姿で徒長に拍車をかけている。表土から頭をもたげ始めているのはプランターにまいてあったミントで、日光のほとんどを怪物に奪われているから、まずまともには育つまい。
だが、特売品を素早く根づかせた俺に悔恨はないのである。これでいいのだ。