先週のことである。
空の晴れ間に誘われてベランダに出た俺(おれ)は、茂ったイチジクの葉の間に赤い物があるのを見つけた。
気づけばそれは、横の鉢から斜めに伸びたアマリリスの茎の先っぽ、つまりこれから開こうとしている花弁の束であった。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
この植物への愛については、文庫になったベランダー界の聖書『ボタニカル・ライフ』(著者・俺)にくわしいので省くが、とにかく今年もそのアマリリスが咲くのだと俺は狂喜した。
ベランダの奥から鉢を引きずり出し、部屋から花の束がよく見えるようにすると、躁(そう)状態の俺は“雪もち草”という黒い苞(ほう)がつく植物のことを突然思い出し、そいつの球根を土に植え込む作業を始めた。
その躁状態での行動が数分後、悔やみきれない事態を引き起こす。
作業を終えて立ち上がった俺の背中でプチッという音がしたのである。
後ろにあったアマリリスの葉が折れたのだ、と俺は思った。長い剣のような葉は実際よく折れるからだ。
だが、あわてて振り向いた俺の目に、折れた葉は確認出来なかった。視界の下の方に見慣れない物が転がっていた。
足の力が抜けた。へたり込むことさえ出来ず、俺は無言で立っていた。
亜熱帯の鳥のクチバシにも似た花の束は、これから花弁を厚く大きくし、やがて噴きこぼれるように咲くはずだった。それが……。
長いこと茫然(ぼうぜん)としていた俺は、ようやく周りに気をつけながらしゃがみ込み、花の束を拾い上げた。死んだハムスターと同じくらいの重さがあった。
無意識のうちに俺は手で土を掘り起こし、その花の束をアマリリスの根元に埋めていた。そして、近くの鉢から細長い陶板を抜いた。植物の名前をチョークで書いておく板。俺はそれを墓標にしたかったらしい。
だが、なんと書いていいかがわからなかった。『アマリリス』と書いた陶板をアマリリスの根元に差しても、それは墓標ではない。かといって『アマリリス、ここに死す』も変だ。植物本体は元気なのである。
結局、空白の陶板を墓標にした俺は今も落ち込んでいる。その俺を慰めるように、残りの三つの花の束が蕾(つぼみ)から飛び出し、咲き始めたところだ。