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2004.6.9(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した
 5月、6月最終週の土日には浅草で植木市がある。観音裏の細い道にびっしりと植木の露店が出るのだ。

 もちろん俺(おれ)は先月末の初日にいそいそと出動した。

 さすがに7年も通っていれば、自分なりの方法論が確立されている。まずドン突きまで歩きながら、左右にくまなく目を配るのだ。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 この往路で鉢を買うことは厳禁である。すぐ先で、もっと枝ぶりのいいやつがもっと安く売られている場合があるからだ。購入はすべてを見終えた復路。

 というわけで往路を行く俺は、“今年は朝鮮ウツギが中国ウツギに替わってるな”とか、“ミントの苗が今年はひとつもないぞ”などと厳しい視察を続けた。

 ところが、である。購入禁止の往路を半分過ぎたあたりで、俺は見たことのない鉢に出会ってしまった。

 ニッキであった。肉桂(にっけい)。シナモンの木。しかも、俺の腰ほどの高さがあるそのニッキは、値札に2回の値崩れが記録されていてなんと800円!

 即、買った。往路だろうがなんだろうが、この珍品が800円なら原則無視だ。

 こうしてニッキの鉢を持ってドン突きまで行った俺は、復路で目当ての鉢を次々に買った。両手にビニール袋をびっしり下げて歩く俺を、何人かの露店のオヤジがじろじろ見ていた。

 あるオヤジは首を小さくかしげ、あるオヤジは口の動きだけで「あれ……×××じゃねえか」と言う。プロたちは俺のニッキに注目していたのであった。

 ついに1人のオヤジが店そっちのけでついて来て、「それ、ニッキかい?」と質問した。うなずく俺の様子を、他の店のオヤジが息を殺してうかがっていた。

 プロの売り手が全員こちらを見ている気がした。俺はもう得意満面だった。

 素早く珍品を見つけ、迷いなくゲットした俺は、植木市に彗星(すいせい)のごとく現れた新人スターであった。敵大将の首をとった若武者同然だった。俺は残りの復路を意気揚々と歩いた。

 そのまま近くの行きつけのそば屋に入り、俺は珍しくビールを頼んでグビグビ飲んだ。周囲はビニール袋だらけであった。酔った若武者の目は、ひたすらニッキの木をねめ回していた。

 今も「ニッキ」と書くだけで俺は陶然とする。植木市に激震を走らせた男。

 それが俺だ。ニッキ。

(2004/6/9)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。



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