8年間咲くことのなかったクジャクサボテン、通称「月下美人」が蕾(つぼみ)をつけたのは、今月の初めであった。
敬愛する伯父が地元長野の病院で意識不明になってから、ちょうど10日後。暗い気持ちでベランダに出ると、目の前に月下美人の蕾が突き出ていたのである。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
かの植物はこれまで、ワカメのような葉を伸ばし放題にするばかりだった。室内で育てていた頃などは天井に届くほど徒長し、化け物同然でさえあった。
その葉を整理し、ベランダでほったらかすことに決めたのが5年くらい前。俺(おれ)はつまり月下美人になんの期待もしなくなっていた。
それが突然、花の準備を始めたのである。1枚の葉から小犬の尻尾(しっぽ)ほどの太い管をニュッと垂らし、先端をふくらませ出したのだ。
伯父の容体を気にかけながら、俺は毎日その蕾を見た。いつ咲くものやら見当がつかなかったし、なぜ今年咲くのかもわからないから、俺はおそるおそるこれまでと同じ量の水をやり、蕾には触れずに過ごした。
その間、伯父は意識不明のまま生きていた。俺は小さな頃から伯父にかわいがられ、夏休みになると必ず長い時間を共にした。趣味で大きな畑を持ち、様々な野菜を育てていた伯父は、俺に虫の捕り方を教え、植物の育て方を教えた。
考えてみれば、俺がこうしてベランダの植物を日々観察して暮らすのも、伯父の影響に違いなかった。
その伯父が力尽きたのは蕾を発見してから1週間後のことだった。俺は仕事の都合で通夜には行けず、葬儀に参列する以外になかった。つまり伯父の顔はもう見られないことになる。
月下美人が咲いたのは、その通夜の夜半である。
ふと窓を開けてベランダに出ると、まさかと思うほど大きな白い花がぽっかりほころびていた。闇の中に浮かび上がる花は凄絶(せいぜつ)でもあり、寂しくもあった。
俺はふらふらと台所に行き、ぐい飲みに酒をなみなみ注ぐと花の下に供えた。それが俺の通夜になった。
夜が明けて喪服で家を出る前、ベランダに出た。花はすっかりしぼんでいた。
だが、月下美人は大役をつとめてくれたのである。
8年でたった一夜でもかまわない。俺の悔しさを、月下美人の花一輪がまぎらわせてくれたのだ。