今年のブドウはうまい。あまりにうまいので、俺(おれ)は早速食べ終えたブドウの種を植えたのである。
まあ、実が成るはずもない。それがベランダ園芸の限界だ。しかし、だからといって、うまいブドウの種をむざむざ捨てるのもシャクである。で、植えた。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
芽が出るまでは日に当てない方がよかろうと、アルミホイルをかぶせてベランダに出し、ちょいちょい水をやった。すると、途端に小バエが発生した。
やつらは一体どこから現れるのだろうか。湿り気が過ぎると、必ず飛び出してくるのである。小さな体でマンション高層階まで飛んでくるとは考えにくい。あらかじめ土にひそんで、出現の時を待っているのか。とにかくフワフワ飛び回って、実にうっとうしい。
俺は小バエを必死で追いはらい、鉢を室内に取りこむことにした。小バエ発生は水のやり過ぎを示すサインだから、俺は厳戒態勢を敷き、常に目の届く場所に鉢を置こうとしたのだ。
ところが、その翌日のことである。珍しく早起きした俺は、床に置いた鉢から数匹のダンゴムシが這(は)い出しているのを発見した。
出てきて欲しいのはブドウの芽なのだが、鉢からは虫ばかりがわくのである。
見れば都合5匹のダンゴムシは、朝の光の中、各自のペースで東へ東へと大移動を試みていた。
ダンゴムシはむしろ暗さを好むと思っていた俺は、その奇妙な長旅に感心し、彼らと同じく東からの太陽を浴びながらしばし立ち尽くした。
ちっとも動かない1匹がいたので近づいてみると、あお向けになって死んでいた。旅の途中でなぜか息絶えたのである。命をかけてまで東に移動する切迫した事情が、どうやらダンゴムシにはあったらしい。
生き残った4匹はもぞもぞと動き続け、ついに全員が東側ベランダの前までたどり着いた。そこからは段があるので移動は無理だ。
俺は窓を開け放し、死んだ者を含めて5匹を外に放り出した。旅の手伝いをしてやりたくなったのだ。
だが、そこは人間の身勝手さである。俺は東側ベランダに彼らを放ったのではなく、その外に投げ出したのである。つまり宙空に。
いくら勇敢なる旅が感動的でも、俺はダンゴムシなどに用はない。