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2004.12.8(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第33回 師と選んだシャクナゲは
 前輪の空気が抜けたままの自転車で、少し遠くのスーパーへ出かけた。かつて沈丁花(じんちょうげ)を激安でゲットした注目の店である。

 ちなみに、タイヤには空気が入っていた方がいい。ふにゃふにゃだとペダルが重く、2分もすると腿(もも)が張ってくる。だが、これも運動不足解消だと思って、俺(おれ)は必死に走り続けた。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 目当ては特になかった。めぼしい鉢がもしあれば、と俺は軽い気持ちでいたのである。それでも、屋外の売り場にたどり着くと、俺の集中力は増しに増した。

 西洋シャクナゲの小鉢が安かった。早速手に取って棚の反対側へと回る。すると、棚の向こうから声が聞こえた。俺がいた場所だ。

 「シャクナゲね。これならあたしも買おうかしら」

 鉢の間をすかし見ると、小さなばあさんである。不気味なので無視すると、ばあさんはあっという間に俺の方へ回り込んできた。

 俺が聞きもしないのに、「あたし、駐車場に百鉢も置いていてね。お父さんに怒られるのよ」などと言い始める。

 そうですかとか何とか適当にあいづちを打っていると、ばあさんは俺のシャクナゲのてっぺんをのぞき、「これ、蕾(つぼみ)が腐ってる。咲かないよ」と言った。

 あわてて次々に別のシャクナゲを取り、ばあさんが納得するまで待った。

 彼女が選んだシャクナゲのてっぺんには、確かに蕾がついており、しかも茎の根元がしっかりしていた。「こうでなくちゃ」とばあさんは言ったものだ。

 その時にはすでに、ばあさんは俺の師であった。ふと右を見ると高さ1メートル弱のサザンカがあった。蕾はたくさん。しかもほころび始めているのもある。

 実は先週書いたサザンカはもう死んだも同然になっていたから、俺は新しいサザンカ導入を決めかけた。

 だが、師がそれを阻止した。2000円は高い、と言うのである。そして、師はこう付け足した。

 「一度に買っちゃダメさ。ひとつひとつ買わないと」

 天啓であった。ひとつ買っては世話を焼く。それこそが園芸の基本姿勢ではないか。俺は自分を恥じた。

 だが、続く師の言葉はきわめてリアリスティックなのであった。

 「世話が面倒じゃないか」

(2004/12/8)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


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