前輪の空気が抜けたままの自転車で、少し遠くのスーパーへ出かけた。かつて沈丁花(じんちょうげ)を激安でゲットした注目の店である。
ちなみに、タイヤには空気が入っていた方がいい。ふにゃふにゃだとペダルが重く、2分もすると腿(もも)が張ってくる。だが、これも運動不足解消だと思って、俺(おれ)は必死に走り続けた。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
目当ては特になかった。めぼしい鉢がもしあれば、と俺は軽い気持ちでいたのである。それでも、屋外の売り場にたどり着くと、俺の集中力は増しに増した。
西洋シャクナゲの小鉢が安かった。早速手に取って棚の反対側へと回る。すると、棚の向こうから声が聞こえた。俺がいた場所だ。
「シャクナゲね。これならあたしも買おうかしら」
鉢の間をすかし見ると、小さなばあさんである。不気味なので無視すると、ばあさんはあっという間に俺の方へ回り込んできた。
俺が聞きもしないのに、「あたし、駐車場に百鉢も置いていてね。お父さんに怒られるのよ」などと言い始める。
そうですかとか何とか適当にあいづちを打っていると、ばあさんは俺のシャクナゲのてっぺんをのぞき、「これ、蕾(つぼみ)が腐ってる。咲かないよ」と言った。
あわてて次々に別のシャクナゲを取り、ばあさんが納得するまで待った。
彼女が選んだシャクナゲのてっぺんには、確かに蕾がついており、しかも茎の根元がしっかりしていた。「こうでなくちゃ」とばあさんは言ったものだ。
その時にはすでに、ばあさんは俺の師であった。ふと右を見ると高さ1メートル弱のサザンカがあった。蕾はたくさん。しかもほころび始めているのもある。
実は先週書いたサザンカはもう死んだも同然になっていたから、俺は新しいサザンカ導入を決めかけた。
だが、師がそれを阻止した。2000円は高い、と言うのである。そして、師はこう付け足した。
「一度に買っちゃダメさ。ひとつひとつ買わないと」
天啓であった。ひとつ買っては世話を焼く。それこそが園芸の基本姿勢ではないか。俺は自分を恥じた。
だが、続く師の言葉はきわめてリアリスティックなのであった。
「世話が面倒じゃないか」