俺(おれ)はこれまで、買った植物を即座に大きめの鉢へと植えかえてきた。売られている状態があまりに窮屈そうで、閉所恐怖症の俺は身につまされるのである。
だが、相手がどんな土を好もうがおかまいなしで、余った腐葉土があればなくなるまで腐葉土。で、その腐葉土を使いきったらまた腐葉土を買ってくる。つまりは鉢のすべてが腐葉土で成り立っているのだ。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
これはもう自分でもあきれる以外ないのだけれど、だからと言って赤玉土やら黒土やらピートモスやらを細々と用意する気はない。その分ベランダが狭くなるからである。俺は別に土を貯蔵するために生きているわけではないのだ。
こうした俺の強引な園芸術によって、数々の鉢が憂き目にあってきたと思う。そこで俺は一度我慢してみることにしたのである。買ってきたままで植えかえをせず、窮屈そうな鉢をひたすら見守ってみるという苦行をおのれに課したのだ。
対象は前にご報告申し上げた“370円のボケ”であった。安かったからこそ出来る実験ではないかと問われれば、素直にうなずくしかなかろう。だが、それでも俺は日々、十二分に苦しんでいるのである。
鉢はひどく小さく、盛られた土はさらにその鉢の7割くらいしかない。そこに1本のボケの枝がくねくねと立っている。水をやっても乾くのが早いし、根が詰まっているおそれもある。
俺は植えかえたくて植えかえたくて仕方なくなる。中くらいの鉢に例の腐葉土をたっぷりと入れ、そこにボケを解放してやれればどんなにか心安らぐことか。
我慢の毎日が続いた。俺の我慢と反比例して、ボケの調子は上がった。枝のあちこちから、緑の滴が噴き出すようにして芽がふくらみ、その脇から艶(つや)やかな丸い葉が出てきたのである。
どうやらボケは、たとえ狭くとも環境のいい家を愛してやまない様子なのであった。俺は次第に顔色を失い、やがて立場を失った。
これまで貫いてきた植えかえ人生、もしくは腐葉土生活が根本から間違っている可能性が高まったのだ。
たった1本のボケが、俺の全過去を否定しようとしている。明日にでも植えかえをしてしまいそうな自分に、俺は耐えている。