友人連中の間では花見の日時が早くも決まり始め、その人間のせっかちぶりを知ってか知らずか、ベランダの植物もあわてて芽吹き出した。そもそも、数日前とはうって変わって表土が乾きがちなのがうれしい。
そしてついに今日、俺は街灯の下の狭い空間で菜の花が咲いているのを見た。確実に春は来たのである。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
ウキウキ気分を抑えきれなくなった俺は、その足でいつものスーパーの鉢植えコーナーまで突っ走った。
新しく入荷された鉢の群れは、春の到来をさらに確かなものとして感じさせるに違いなかった。俺は季節の変わり目を思う存分満喫したかったのである。
客は俺と同じように春の到来に浮かれていた。みなニヤニヤしながら商品を見つめては、「三色咲き桃」とか「御殿場桜」とか「サイネリア」とかつぶやきながら歩き回っている。
これは鉢植えコーナーの常識なのだが、客は頻繁に目の前の商品名をつぶやくのである。ああ、この植物の季節だなあ≠ニいう確認だろう。
だがしかし、中にたったひとつだけ誰も名前をつぶやかない鉢があった。その鉢の前に来るとみな沈黙するのである。
何が驚いたといってその形状であった。なんだかボコッとした根っこみたいな物が盛り上がっていて、しかもその周囲に茶色い毛がボサボサ生えている。タカワラビ属の植物らしい。
超小型オランウータンがうずくまっているような、子供がちぎった猿のヌイグルミの残骸のような、そういう鉢である。その謎の鉢が「ゴールデンモンキー」と名付けられているのであった。売り手の窮余の策としか考えられなかった。
いかに春に浮かれた客でもああ、ゴールデンモンキーの季節だなあ≠ニは思うまい。結果、その鉢の前だけがやたらに静かなのだった。ともかく、みな絶句して通り過ぎるのみだ。
そんな中、俺だけがゴールデンモンキー……と何度もつぶやいた。強引な名前がおかしくて仕方なく、ぶざまな形がまた笑えた。
で、買った。愛着がわいてしまったのだった。
家で調べると別名がゴールデンチャウチャウであった。売れるためならどんな改名も受け入れるこの哀れな植物を、俺はあくまで丁重に扱うつもりだ。