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2005.3.9(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第44回 ゴールデンモンキーの到来
  友人連中の間では花見の日時が早くも決まり始め、その人間のせっかちぶりを知ってか知らずか、ベランダの植物もあわてて芽吹き出した。そもそも、数日前とはうって変わって表土が乾きがちなのがうれしい。

 そしてついに今日、俺は街灯の下の狭い空間で菜の花が咲いているのを見た。確実に春は来たのである。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 ウキウキ気分を抑えきれなくなった俺は、その足でいつものスーパーの鉢植えコーナーまで突っ走った。

 新しく入荷された鉢の群れは、春の到来をさらに確かなものとして感じさせるに違いなかった。俺は季節の変わり目を思う存分満喫したかったのである。  客は俺と同じように春の到来に浮かれていた。みなニヤニヤしながら商品を見つめては、「三色咲き桃」とか「御殿場桜」とか「サイネリア」とかつぶやきながら歩き回っている。

 これは鉢植えコーナーの常識なのだが、客は頻繁に目の前の商品名をつぶやくのである。ああ、この植物の季節だなあ≠ニいう確認だろう。

 だがしかし、中にたったひとつだけ誰も名前をつぶやかない鉢があった。その鉢の前に来るとみな沈黙するのである。

 何が驚いたといってその形状であった。なんだかボコッとした根っこみたいな物が盛り上がっていて、しかもその周囲に茶色い毛がボサボサ生えている。タカワラビ属の植物らしい。

 超小型オランウータンがうずくまっているような、子供がちぎった猿のヌイグルミの残骸のような、そういう鉢である。その謎の鉢が「ゴールデンモンキー」と名付けられているのであった。売り手の窮余の策としか考えられなかった。

 いかに春に浮かれた客でもああ、ゴールデンモンキーの季節だなあ≠ニは思うまい。結果、その鉢の前だけがやたらに静かなのだった。ともかく、みな絶句して通り過ぎるのみだ。

 そんな中、俺だけがゴールデンモンキー……と何度もつぶやいた。強引な名前がおかしくて仕方なく、ぶざまな形がまた笑えた。

 で、買った。愛着がわいてしまったのだった。

 家で調べると別名がゴールデンチャウチャウであった。売れるためならどんな改名も受け入れるこの哀れな植物を、俺はあくまで丁重に扱うつもりだ。

(2005/3/9)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


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