マリオン・コムロゴ
2005.3.30(水)更新  いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派
いとうせいこう タイトル

第47回 先祖返りする植物の力
 これまで何度も話題にしたボケが今、ベランダで咲いている。スーパーで安く買った方、植え替えを我慢したため土が俺(おれ)の握りこぶしくらいしかない方だ。

 よくもそんな貧弱な環境で花を出現させたものだと感心する以外ない。見ていると白い花弁は数日で赤みを帯び始め、やがて半透明のアメ細工のようになる。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 曇り空がこのボケにはかえってよく似合う。淡く透き通った花弁に弱い日の光が差し込むと、そこだけぼんやりと輝くのだ。ちょっと幻想的な光景である。

 全体に作り物めいて見えるのは、花弁のせいだけではない。か細い幹からは花ばかりが突き出ていて、葉が目立たないのである。

 一方、その鉢の隣では、1年越しの先輩ボケが新人を追いかけるように緑色の丸い蕾(つぼみ)をふくらませつつある。こちらは蕾同様に丸っこい葉を元気よく茂らせており、その葉に守られて蕾が育っていくかに見える。

 葉とともに花を用意する先輩ボケは、たった1年で野生化したのである。花だけが目立つように交配させられても、鉢は短い間に先祖返りを果たしてしまう。

 この過程はまことに神秘的と言わざるを得ない。植物という生命が隠し持った強い力は、ほんの1年のサイクルを経ただけで自己を原始の姿に戻そうと働く。

 ふたつのボケを見比べつつ、俺は人為的な介入がいかにひ弱なものなのかを思い知る。むろん、そのひ弱な工作によってこそ、花だけが先に育つような幻想的な光景を楽しめるのだが。

 同じような野生化は、俺のベランダだと新種のアジサイに顕著だ。今はすっかり葉を枯らしているアジサイだが、根元にはワサビに似た根茎が育っている。

 導入初年度は小さな花をびっしりと咲かせていた。だが、2年目に入ると花がさらに小さくなり、数も減り、長さもまちまちになった。今年はなんだかよくわからない花になるだろう。

 幾つものかけ合わせを経た新種だからこそ、先祖返りをするとアジサイらしからぬ風貌(ふうぼう)をのぞかせるのに違いない。奇怪な、見たこともないような不思議な植物の姿をあらわすのだ。

 年月をかけて、野生の状態を復元すること。それもベランダーの楽しみのひとつである。都会的なベランダで植物を次々と先祖返りさせるのは痛快なことだ。

(2005/3/30)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第46回 春を告げる訪問者 (2005/3/23)
第45回 欲を罰されたブロッコリー収穫 (2005/3/16)
第44回 ゴールデンモンキーの到来 (2005/3/9)
第43回 俺を励ましたネコヤナギの光 (2005/3/2)
第42回 枯れ死んでいたはずのボケが…… (2005/2/23)
第41回 植えかえ人生への1本の否定 (2005/2/16)
第40回 園芸派自己流ベランダでもOK (2005/2/9)
第39回 カリンの実との気まずい再会 (2005/2/2)
第38回 花咲じいさんではなかったと知る時 (2005/1/26)
第37回 1月咲きの男 (2005/1/19)
第36回 世界の苦しみとブロッコリー (2005/1/12)
第35回 「初忘れ」のおめでたい克服 (2005/1/5)
第34回 師の教えに背いた罰 (2004/12/15)
第33回 師と選んだシャクナゲは (2004/12/8)
第32回 サザンカをめぐる一進一退 (2004/12/1)
第31回 ベランダー路上派に愛を込めて (2004/11/24)
第30回 苦手は“苞が花に見える植物”! (2004/11/17)
第29回 皆さん、お便りありがとう! (2004/11/10)
第28回 リンドウと俺の奇跡的な関係 (2004/10/27)
第27回 世紀の植物、「頭の良くなる花」! (2004/10/20)
第26回 ようやく落ち着いたアジサイ (2004/10/13)
第25回 四方八方に巻き付いたゴーヤの最期 (2004/10/6)
第24回 ダンゴムシたちの勇敢な旅 (2004/9/29)
第23回 大切な一夜に咲いた月下美人 (2004/9/22)
第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2005 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.