あんずが1週間咲いた。
ピンク色で桜によく似た数十個の花は枝に張り付くようにして次々開き、七日後、東京で桜の開花宣言が報道された日にはほとんど散っていた。
 |
| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
桜へのつなぎ、前触れとして、あんずは控えめに咲いてみせたのである。
その控えめなあんずに対して、俺の方はちっとも控えめではなかった。去年、やはり満開だったあんずの花は結局ひとつも実にならず、俺はずいぶん失望したのであった。したがって今年こそなんとか、と俺は気合十分だった。
東京の下町方面では、例えば夏のかき氷にあんずのシロップ漬けを乗せる。見た通り「氷あんず」と言われるわけだけれど、俺は大人になるまでそれが全国津々浦々に通用するメニューだと信じて疑わなかった。
友人の何人かに「何だ、それ?」と言われて初めて、俺は下町という名の田舎があることを思い知ったのだ。
自分のローカル性を知ると、人はそれを必要以上に憎むか愛する。どちらにせよ、感情は少々度を超すわけで、俺のあんずの場合は後者だった。
俺はやたらとあんず、特に干しあんずが好きになり、干しあんずごときにアイデンティティーさえ感じた。一時は袋詰めを欠かさず買っていたものだ。
その干しあんずを、家で採集した実から作りたい。話の都合上、ここは悲願と呼ばせていただくが、俺は悲願を胸に抱いた。
去年の反省から、俺はあんずに人工授粉を試みる以外ないと考えていた。本来その仕事は蜂にお願いしたいところだが、我がベランダを訪れる例の蜂はムスカリ以外に興味を示さない。
仕方ないので、七日間の毎日、俺は筆でピンクの花の中央をこちょこちょくすぐった。最初は雄しべが固く、まったく粉が散らなかった。力を入れ過ぎると、雄しべは折れてしまう。
これは虚しい作業ではないかと疑問がわいた頃、ある花からフワッと花粉が散った。俺はあわててその花粉を筆になすりつけ、全部の花の雌しべに分けた。
結局三つの花から花粉が散り、おかげで俺の自己流人工授粉は無事終了した。
さて、あとは待つだけである。ダメならまた来年、俺は新しい実験をしてみるまでだ。
悲願成就までは苦難が多い方がいい。