あんずの人工授粉に関して、丁寧なお便りが届いたのである。端的に言って、今年も実は成らないだろうという内容であった……。
あんずは自家受粉しにくい植物であって、他のあんずの木、もしくは同じバラ科の樹木から花粉を運んでやらない限り、実が発生しづらいのだという。つまり他家受粉というやつだ。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
これは実のところ、授粉作業中の俺が最もおそれていた事態だった。例えばキウイやイチョウに雄株と雌株があったりするように、植物は時として動物的でエロチックである。
他家受粉を好むあんずもまた、常に自分自身とは違う木との掛け合わせを望んでおり、そういう意味ではやはり肉感的でエロチックなのだった。進化の過程をそのまま表すような、奇怪で繊細な生命。
俺はあんずがそうした生き物であった事実に興奮しつつ、今年も実は成らないのかと落胆もした。すなわち、非常に複雑な感情に襲われたわけである。
ところが、そんな俺がベランダへとトボトボ歩き、虚しい作業の跡を確かめるかのようにあんずを見やると、ガクと雌しべの根元があちこちでぷっくりと盛り上がっていたのだった。
これは一体どういうことだろうか、と俺は我が目を疑った。ぬか喜びは避けたいので数日間にわたる判断停止を続け、観察だけはおこたらずにいた。すると、緑色の盛り上がりはますます大きくふくらんでくる。
明らかにそれは実であった。あんずは実ったのだ。
考えられる理由はたったひとつだった。以前書いたように、あんずが咲きそめの頃、雄しべは固かった。花粉が散らないことをいぶかしんだ俺は、同じベランダで咲いていたボケの花の中心を、筆でほんの戯れに一度なでたのである。ボケの花粉は見事に散った。
その気まぐれが功を奏したのに違いなかった。筆についたボケの花粉を、俺は知らずにそれからの何日間か、あんずの雌しべに塗りつけ続けていたのである。そして、偶然にもボケはあんずと同じバラ科なのであった!
思い出す度、俺はひやりとする。あの時、いたずら心が起きなければ、あんずの実は成らなかったのだ。
今年の俺は強運らしい。