藤は今年、花をつけなかった。この数年間必ず咲いていたのだから、何らかの条件が変化してしまったらしい。欠けた条件を見極めるまでに、また数年かかるだろう。
それまで花はお預けということになる。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
有為転変。まさにベランダー界は諸行無常だ。1度咲けば毎年絶対に咲くなどという法則はなく、花はいつでも奇跡的に成立しているのである。枯れ死なない植物というものもない。
さて、そんな万物流転という巨大な真実を前にした俺(おれ)をなぐさめたのは、一本のミョウガであった。西側ベランダの、日の当たらない鉢から、緑色の巻紙じみた茎がヒョロヒョロッと伸びてきていたのである。
やつは俺を裏切ったことがない。冬は土に隠れてしまうので水やりをおこたることもしばしばだし、日陰にあるせいで不必要な湿気を帯びていることも多い。
つまり、俺はミョウガに対してまことに不義理な態度を続けているのである。
にもかかわらず、やつは必ず忘れた頃に飛び出して来る。その強さはまことに驚異的で、強いからこそますます俺はやつにつらく当たってしまう。どんな育て方をしても、ミョウガだけはなんとかなるに違いないと、つい手を抜いてしまうのだ。損な植物である。
ちなみに、ミョウガと同じ鉢に昔はアルストロメリアを混ぜ植えてあった。どちらも根の生命力が異様なほど旺盛で、死んだと思ってもしばらくするとまた茎が生え出してくる。
俺はなぜかその強靱(きょうじん)な植物を2種類、同じ鉢の中で育て、他の繊細な植物への対応で疲れた自分を癒やしていたのであった。
だが、ついに後者が息絶えた。少しずつ花が小さくなり、やがて茎が一定の細さ以上に育たなくなって、鉢から消え去った。
そして、ミョウガだけが残った。いまやミョウガは俺のベランダにおいて、有為転変、諸行無常、万物流転という世界の大法則に逆らう唯一の植物である。釈迦の教えに刃向かう悪魔のごとき植物が、つまり俺にとってのミョウガなのだ。
何の条件がどう欠けようが、ミョウガは葉を巻いた状態で伸び、やがて根元に蕾(つぼみ)をつける。俺はそれを収穫する。必ず間違いなく。
この「必ず間違いなく」が存在することが、俺を深く安心させ、甘えさせる。