懸賞サイトは朝日マリオン・コム-懸賞 プレゼント、懸賞 応募、懸賞 旅行
2005.6.1(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第55回 決して鬱蒼とはしていないのです
 ベランダでは現在、紫がかった濃い赤のサフィニアという花が力いっぱいに咲き、冬に葉をすっかり黒ずませて落としたマツリカが立派に病に打ち勝って次々と開花し、露草の蕾(つぼみ)たちが葉と葉の間からせり上がってきて一気にほころんでいる。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 他にも、エンジェル・トランペットが大きな花をつけているし、カクテルローズもその近くでふちの赤い花を日々開かせており、俺(おれ)の植物生活はまことに充実しているのである。

 さて、こうしてベランダの様子を書くと、どうしてもひとつの誤解が避けがたく生じるらしい。俺は何度もしつこく自分のベランダの貧しさを強調してきたのだが、読者の中では異なった想像がふくらむのだ。

 現にこれまで何人かの来訪客が「例のベランダを見せて下さい」と言い出し、俺はほくほくとサッシを開けてきた。すると、現実を目の当たりにした客人は、一様に黙り込むのである。

 その長い沈黙の気配からは「まさか、こんなはずでは……」という当惑が見受けられ、見せた俺までもが気まずくなってしまう。

 要するに、客人は鬱蒼(うっそう)とした森のごときベランダを予想しているのである。足の踏み場もないほどの緑の大楽園を。

 だが、実際に足の踏み場がなければ、どうやって奥の鉢から花がらを摘みとるのか。いかなる魔法を使って腕を自由自在に伸ばし、縦横無尽な水やりを敢行するのか。また、植え替えの空間がない中で、土いじりなど可能か。

 ということで、事実としてそこにあるのは、ぱっと見で2列か3列に並べられた鉢、または室外機の上に置かれた閑散とした植物の群れなのである。

 ただ、同志ベランダーなら、そんな鉢のすき間のコーヒー茶碗(わん)ほどの器に、小さな緑がこびりついているのを発見するだろう。それはカランコエの枯れ残りである。同じく極小の鉢からは、鉄線花の苗がようよう死なずに生えている。

 ぱっと見で2、3列しかない鉢の合間に詰め込まれた、背の低い植物の数々。同志はそこにブラックベリーを見つけ、どうだんツツジに目を輝かせるはずだ。

 決して鬱蒼とはしていない。足の踏み場もふんだんにある。確かに貧相ではあるけれど、俺のベランダは工夫にあふれているのだ。それが俺の誇りなのだ。

(2005/6/1)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第54回 アヤメという反重力の娯楽(2005/5/25)
第53回 ライムに関する1年後の告白(2005/5/18)
第52回 雑草天国への飽くなき情熱(2005/5/11)
第51回 世界の法則に逆らうミョウガ(2005/4/27)
第50回 あんず授粉に関するあり得ない奇跡(2005/4/20)
第49回 ニッキの“蕾”をめぐるやきもき (2005/4/13)
第48回 あんずへの七日間大作戦 (2005/4/6)
第47回 先祖返りする植物の力 (2005/3/30)
第46回 春を告げる訪問者 (2005/3/23)
第45回 欲を罰されたブロッコリー収穫 (2005/3/16)
第44回 ゴールデンモンキーの到来 (2005/3/9)
第43回 俺を励ましたネコヤナギの光 (2005/3/2)
第42回 枯れ死んでいたはずのボケが…… (2005/2/23)
第41回 植えかえ人生への1本の否定 (2005/2/16)
第40回 園芸派自己流ベランダでもOK (2005/2/9)
第39回 カリンの実との気まずい再会 (2005/2/2)
第38回 花咲じいさんではなかったと知る時 (2005/1/26)
第37回 1月咲きの男 (2005/1/19)
第36回 世界の苦しみとブロッコリー (2005/1/12)
第35回 「初忘れ」のおめでたい克服 (2005/1/5)
第34回 師の教えに背いた罰 (2004/12/15)
第33回 師と選んだシャクナゲは (2004/12/8)
第32回 サザンカをめぐる一進一退 (2004/12/1)
第31回 ベランダー路上派に愛を込めて (2004/11/24)
第30回 苦手は“苞が花に見える植物”! (2004/11/17)
第29回 皆さん、お便りありがとう! (2004/11/10)
第28回 リンドウと俺の奇跡的な関係 (2004/10/27)
第27回 世紀の植物、「頭の良くなる花」! (2004/10/20)
第26回 ようやく落ち着いたアジサイ (2004/10/13)
第25回 四方八方に巻き付いたゴーヤの最期 (2004/10/6)
第24回 ダンゴムシたちの勇敢な旅 (2004/9/29)
第23回 大切な一夜に咲いた月下美人 (2004/9/22)
第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2005 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.