今年の4月、あんずの木に実がついた時のことである。この連載の担当者が各所に丁寧な聞き込みをしてくれたのだが、農業試験センター的な所で“じき実は落ちてしまうだろう”と言われたとのことだった。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
そもそも、ボケの花粉であんずを人工授粉させた話自体を、農業試験センター的な所はおおいに疑っていた。聞いたことがないし、あり得ないというのだ。
俺(おれ)はそれらの報告をファクスで受け取って、内心「ケッ」と思った。あり得ぬことが平気で起こるのがベランダ界だからである。
事実、あんずに関しては俺の予測の方が的確であった。緑色の実はしっかりと木にしがみつき、気温の変化に負けて落ちてしまうことがなかったのである。
実の数は全部で13。不吉な数字ではあったが、俺は例外なくどの実にも指で触れて、大きくなってくれるよう願ったものだ。
願いはかない、最初は小梅の種ほどの大きさだった実は、2ケ月たつうちに大ぶりの梅くらい立派になった。最大のもので直径4センチを超えていた。
あとは色づいてくれるかどうかが問題だと心配し始めた矢先、梅雨入りと同時に実の表面が薄い黄色に変化した。翌日には黄色がわずかにオレンジめいた。
数日の間に、あんずは地球に曙光(しょこう)が射(さ)してその色を変えるような感じで、実のカーブに沿ってみるみる色を濃くしていき、最終的にはあんず色に染まった。
実はすでに柔らかみを帯びており、収穫が遅れては無駄になってしまう。俺は急いでスーパーに行き、果実酒用のビンと氷砂糖とホワイトリカーを調達した。
ジャムにするほどの量はないし、食べてしまえば終わりである。だが、漬けておけば、いつでもあんずの実を見ることが出来る。
ということで、準備万端で俺はベランダにしゃがみ込み、ひと息吐いてから実を摘み始めた。摘まれるのを待っていたかのように、実は自ら木を離れた。剪定(せんてい)ばさみはいらなかった。
すべてはこうしてうまくいった。今、ビンの中にあんずの実は並んでいる。俺は何か理由をつけては暗所からビンを出して見る。
俺は鉢であんずを育て、見事に収穫した。常識はまた打ち破られたのである。
これだからベランダーはやめられないのだ。ケッ。