水槽でメダカと共存させていた姫スイレンが、恐ろしい事件を引き起こした。
まず水面に浮かぶ丸い葉が1枚ずつ黒ずみ、ドロドロに溶けて崩れ始めたのである。しかし、だからと言ってあわてて姫スイレンを水槽から出す気にはなれなかった。新しい環境に慣れれば、いずれは元気な葉ばかりになると思った。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
したがって俺(おれ)は腐敗した葉を割りばしですくい取っては、近くのニッキの鉢の表土にまぜ込んだ。肥料になるだろうと考えたのだ。
しかしながら、姫スイレンはなかなか環境に慣れなかった。葉はみるみるうちに腐っていき、水槽の水から変な匂(にお)いがし始めた。
やがて、メダカが1匹、腹を見せて浮いた。俺は黙って割りばしでメダカをすくい、ニッキの鉢の中に埋めた。俺はそれでもまだ、スイレンとメダカが共存する極楽のごとき水槽を夢見ていた。そのせいで俺は事実を直視出来ずにいた。
メダカも新しい環境に慣れていないのだ、と俺は思い込んだ。夢の実現まであとわずかだと信じたのだ。
ところが数日の間に、姫スイレンの葉はほぼ全部が腐り、泥の奥からのぞく新芽ひとつが新鮮な緑色をしているばかりとなった。
メダカは毎朝1匹ずつ息絶え、残るメダカはたった1匹という悲惨な状態におちいった。
さすがに俺は目を覚まさざるを得ず、スイレンとメダカの分離を強行した。
水槽の水を換えたにもかかわらず、翌日にはメダカの最後の1匹が硬くなって水面に浮いた。
こうして夢の水槽にいる生物はタニシのみとなり、一方でニッキの鉢は完全なメダカ墓場となった。
悔しいことに、小さなガラス鉢に分離された姫スイレンは以来生き生きとし始め、新しい葉を水の外へ伸ばして腐る様子がない。
つまり、最初からそうしておけば姫スイレンもメダカも健やかに暮らしていた可能性が高いのであった。
俺が夢見がちな人間であったばっかりに、長く飼っていた魚はあっという間に全滅した。冷酷な連続殺魚を犯したのは、罪のない腐った姫スイレンであった。
スイレンへの俺の苦手意識は、これで最高値に達した。今の姫スイレンが枯れたら、もう二度と俺は手を出さない。命を落としたメダカ諸兄に俺は固く誓う。