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2005.9.7(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第68回 夏の終わりの身元不明
 たとえ残暑が厳しかろうが、ベランダの鉢植え諸君を見る限り、夏は終わってしまった様子なのである。

 感覚でしか言えないが、どの鉢も過酷な暑さとの闘いに終止符を打ち、秋に向かう前の小休止を楽しんでいるかのように見える。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 毎日の水やりに気を配り続けていた俺(おれ)も同じで、ここまでくればホッと息を抜くことが出来る。

 盛夏には半日の油断が命とりであった。渇水を放置すれば短時間のうちに根が枯れ、植物は死に瀕(ひん)する。夏の暑さは凶器なのだ。

 ところが、もう平気だ。多少葉っぱがしなだれていても、あわてて水やりをしなくてすむ。こういう判断はベランダーの勘でしか処理出来ないのだが、とにかくそういう時期が到来したのだ。季節は変化した。

 夏の間、がむしゃらに水をまいていた俺は、ここでようやく余裕を持って我が陣地を見渡すことになる。すると、必死に水を与えていた数十の鉢の中の幾つかが、素性のわからないままであることに気づく。

 よく知らないうちに育っていた植物。夏の厳しい闘いの中では、相手が何であれひたすら水をやっていたのだが、冷静になってみるとそれがどこのどなたか、まったく想像もつかない。

 夏の間にニョキニョキ育ったのである。確かなのはそれだけだ。しかし、やつは一体誰なのだろう?

 知らない植物のパターンは二つある。ひとつは「乗っ取り型」である。買ってきた植物が枯れる。その根元から別な植物が芽を出してくる。あれ、復活したのかなと思う。しかし葉の形が完全に違う。混乱する。

 いまひとつはまさにその「復活型」である。枯れてしばらくしたのち表土から新たな芽が出る。しかし、こちらは成育した状態で買ってきているから、芽から育つ様子を知らない。それで相手が誰であるかがわからなくなってしまう。

 こうして、数十鉢の植物の中に身元不明者が出る。

 相手が誰かわからない以上は、むげに扱うことも出来ず、我々は丁重にもてなしを続ける以外なくなる。

 首をかしげながら、我々はのびのびと育つ身元不明者に肥料をやったりする。

 不思議なもので、そういう植物ほど寿命が長い。呼び名を決められないまま、下手をすると何年も、我々は彼らと苦楽を共にする。

(2005/9/7)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


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