夏の間中、夜顔の調子が悪かった。青々と茂るはずの葉はいつまでも少なく、そのうちの何枚かは黄ばんでしまったし、行き場のないほど伸びるだろうと期待されたツルは、いっこうに陣地を広げなかった。
そもそもは去年、実家で夜顔の真っ白な花に魅了されたのであった。巻き傘のようになった夜顔の花は、風が来る度に少しずつ開いていき、最後の風のひと吹きでフワッと咲ききる。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
風を利用することで開花していく様は、同じく風の力で巣を張るクモや、風に乗って飛ぶトンボのようであり、植物を超えた能力を感じさせた。開花が単なる現象でなく、知恵のある行為のように思われたのだ。
というわけで、去年の夏の終わり、俺(おれ)と両親は夕闇の中、雁(がん)首そろえて開花をながめ続けた。幾つもある蕾(つぼみ)をおのおのが監視し、風が吹く度に「こっちが少し開いた」とか、「あと一回でこの花は開ききる」とか報告しあったのである。
花を見ていることと、風を待つことがやがて一体となり、自然そのものに溶け込んでしまったような感覚があった。あの陶然とした気分を、俺は今も忘れることが出来ない。
だからこそ、俺は我がベランダにも夜顔を導入したのであった。ところが、西側ベランダという環境が悪かったせいか、前述のようにうちの夜顔はまるで育とうとせず、俺は半ば開花をあきらめていたのである。
それが昨日、蕾をつけていると判明したのだった。どうもおかしなコブのようなものが出来ているなと思っていたら、そのコブの中央が割れ、傘のように折りたたまれた緑の花が一直線に飛び出してきたのだ。それがじき真っ白になって開くことは明らかであった。
俺の感動がいかばかりであったか、乏しい筆の力では語り尽くせない。夜顔は瀕(ひん)死の状態なのである。どうしたって茎は発育不良であり、葉の数も少な過ぎるのだ。にもかかわらず、やつはどこにそんな力を秘めていたのか、開花の用意を始めた。おそらく咲き終えたら枯れるだろうと思う。
俺は早くも、夕方から夜の仕事が憎くて仕方がないという状態に入っている。
風を受けて咲く花を、俺はみとるようにながめたいのだ。夕闇の中で、俺は大拍手をしたいのである。見逃すことは許されない。