これまでに俺(おれ)は幾度となく芙蓉(ふよう)を買い、開花させるのに失敗してきた。茎のてっぺんについた堅い蕾(つぼみ)が、どういうわけかそのまま変色していって、やがて折れてしまうのである。
そもそも生命力の強い植物で、葉はたいてい元気だから余計にがっくり来る。おまけに毎回のように蕾まではこぎつけるのである。それが咲かない。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
好きな花なのである。アオイ系の花に俺はどうにも弱いから、近所の道端などで開花を目撃する度、うっとりとする。そして、ひるがえって自分のベランダの芙蓉はと思うと、必ず寂しい気持ちになる。
したがって、今回我が芙蓉が蕾をつけた時も、俺はなんの期待もしなかった。いつものように芙蓉は俺を落胆させるのだ、と達観していたのである。
ところが、蕾から噴き出すようにしてピンク色の花びらがふくらんだ。ひょっとして……と思う自分に、俺はブレーキをかけた。そのまま花がしおれていってしまうこともある。期待などするから精神的なダメージも大きいのだ。
目の前で起きていることを否定する消極的な俺にかまわず、芙蓉は柔らかい花弁を積極的に広げた。どう見ても咲いているのだが、まだ俺は半信半疑だった。変な夢でも見ているんじゃないかとさえ思った。
次から次へと蕾がせり上がってきて、やがて満開という状態に入った。そこでようやく俺は、頬(ほお)をつねるような感じで芙蓉の花をつまんでみた。滑らかな感触があって、しっとりと水分を含んでいた。
長年の失敗体験は俺をひどく臆病(おくびょう)にしていた。確かに咲いているのだ、と俺は自分に言い聞かせる必要があった。咲いているぞ、怖がらなくていいぞ、あの落胆はもう襲ってこないぞ、と俺は呪文をつぶやくようにして自分を安心させた。
今日も我が芙蓉は咲いている。眠りからさめると俺はカーテンを開け、開花が現実のものであったことを確認する。ベランダに出ては花弁に触れ、これは夢ではないのだと再認識する。
ベランダー生活が長いのも考えものである。芙蓉は咲かないと思い込んでしまった俺は、その自分なりの常識から自由になれず、せっかくの花を楽しみきれないのだ。実感のないまま、芙蓉が咲き終えてしまう。