今年の1月、俺(おれ)はミントの芽のことを書いた。
枯れた木の根元からちょろりと出た≠ミょろ長い芽についてである。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
当時、俺は完全介護態勢≠セとまで言っていた。確かに日々、俺はそのたった1本の芽に愛情を注ぎ、大切に扱っていたのだ。
だが、2月中旬のこと。俺がいつものようにミントの芽をつまみ、そっとなでていると、プツンという小さな音がしたのだった。
呆然(ぼうぜん)とする俺の指先には根から離れた細い芽がぶら下がっていた。愛情が濃いあまりつい力が入り、俺は大事な芽をうっかり摘み取ってしまったのだ。
目の前が真っ白になり、俺は泣き出しそうな気分でいた。よりによって俺がミントを傷つけてしまうとは想像もしなかった。
1分間ほど、俺は同じ姿勢で、つまり右手の指先にミントの芽をぶら下げたままでベランダに立ち尽くした。その俺を向かいのビルの上からカラスが見ていたのを妙によく覚えている。俺はよほど異様な雰囲気を漂わせていたらしい。
やがて正気を取り戻した俺は、急いで部屋の中に戻り、ショットグラスを探した。中に水を入れて、ミントの芽をさす。救急隊員のような素早さであった。
枯れてしまわぬようにと祈りながら、俺は数日ごとに水を替えた。今度こそ本当の完全介護態勢≠ナあった。願いは通じ、じきに芽の下の部分から白いヒゲ根が出た。
しかし油断は禁物であった。現に芽から飛び出た極小の葉が、いくつか腐ってもいた。水のせいだ。俺はそうした腐って黒ずんだ葉を見つける度、なるべく力を入れずにぬぐい取った。
そのうちに安定期が訪れた。葉はもう腐らず、ヒゲ根はさらに伸び、なんとかミントの芽は死をまぬがれたのである!
とはいえ、俺は気を抜いてはいない。芽に残る葉はわずか4枚のみ。しかも、どれもパン粉のかけらほどの大きさもない。ささいな刺激で枯れてしまうことは確実である。もしも茎だけになってしまったら、葉を出す余力はもうなくなる。
こうして俺は、ほとんどミクロの世界をのぞくような感じで、今日も正真正銘の介護≠している。
このミントを鉢に移し終えるまで、緊張は続く。毎日が生命の正念場だ。