数年たずさわっていたテレビ番組が、この3月で終了した。学園物の形式で俺(おれ)が先生、若いミュージシャンたちが生徒という番組である。
主に音楽についてクイズなどのバラエティーコーナーあり、真剣な講義あり、と若者相手に先生役を続けているうち、俺は生徒たちを本気で愛してしまった。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
仕事で人を、それも自分よりずっと年下の人間を、これほどかわいいと思うなんてまったく想像もしていなかった。
俺は彼ら生徒を度々家へ招き、朝まで話につきあった。悩みがあれば聞き、苦しんでいれば応援し、それぞれの世界で成功することを心から願った。役柄とはいいながら、俺は本気で彼らの担任をしているつもりだった。逆に彼ら生徒に励まされ、支えられもした。
それが終わった。彼らと会う機会が失われるのだと思うと、心臓にぽっかり穴があくような気持ちになった。教師とはこれほど寂しいものなのかと思った。
最後の収録のあと、生徒たちがもぞもぞと一列に並んだ。今日までありがとうございましたと代表格から挨拶(あいさつ)があり、俺は「これ、先生に」という言葉とともに小さな包みを渡された。
中に入っていたのは、小さな小さなヘデラだった。それを見た途端、こみ上げるものがあった。わずか数百円の鉢である。花も実もつかない、素朴な植物である。しかし、俺にはその飾らない贈り物が愛らしくて仕方なかったのである。
俺は打ち上げの間、何度もその鉢を見た。常緑で強く、いくらでもツルを伸ばしていくヘデラは、まさに未来ある若者たちの姿そのものだった。事実、ツルからは濡(ぬ)れたように光る新しい葉が何枚も出ており、黄緑色のそれがすくすく育っていくことは確実だった。
まさか生徒たちは俺がこれほど喜び、今も毎日のように葉の表面をなでているとは夢にも思うまい。「植物が好きだとは知っていたけど、先生、そんなにうれしいですか?」ときょとんとするばかりだろう。
お前たちのかわりなんだとは、俺も恥ずかしくて言えない。だが、俺は確かにヘデラを眺め、慈しむように水をやり、ツルの重さを手で感じて過ごしている。
植物をもらったことは何度かあるけれど、こんなに意味の深い鉢は他にない。