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「遊女夕霧」
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波乃久里子の夕霧、青柳喜伊子のお峯、笹野高史の円玉(左から)
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大正時代の吉原を舞台に、客や知り合いのお金をだまし取ってまで通ってくれた呉服屋の番頭与之助を助けるため、被害者の一人一人を訪ね歩く遊女夕霧の話だ。
講談の口述筆記をしている円玉を訪ねた夕霧がやっとのことで誠意を認められ、互いに和やかになる。
与之助との夫婦約束を聞かれた夕霧は、女郎上がりが女房では肩身の狭い思いをさせるばかりだから、無事な姿を見届けたら別れるつもりだと言う。それが「情」というのだ。
「理屈はそうだが、本当は惚(ほ)れてるんだろう?」
「はい。惚れとります。惚れていればこそ、こんな苦労もしとるんです」
そして、自分を確かめるような冒頭の夕霧のセリフになって、最後は「あります、ありますねえ、先生」とすがるように言う。
円玉が、涙しながら「ある。きっとある」と答え、女房のお峯も「ああ、あるよ」と優しく言う。
波乃久里子の夕霧、笹野高史の円玉、青柳喜伊子のお峯。緩急自在な久里子、突き放しておいてどっしり受ける笹野、いるだけで温かい青柳が、情の芝居をダイナミックに盛り上げる。泣けます。
作者の川口松太郎は、幕が降りても、場内をすぐ明るくしないように注意したそうだ。 (八月一日 教宏)
=三越劇場 4月23日まで=
◆ 「新派」は、「旧派」の歌舞伎に対する演劇の呼び方で、明治時代の壮士芝居にさかのぼる。現在は二代目水谷八重子と波乃久里子を両輪に「劇団新派」が活動している。
=2004年4月15日朝日新聞(東京本社版) 夕刊マリオンから
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