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「勧進帳」
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新海老蔵の富樫(右)と団十郎の弁慶
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弁慶が、金剛杖で義経を打ちすえ、まだ疑うなら「この場で打ち殺しみせ申さんや」というのを、富樫が慌てて止める。そして「疑えばこそかく折檻(せっかん)もしたもうなれ。今は疑い晴れ候。とくとくいざない通られよ」とわび、義経一行が関所を通ることを許す。
落ちていく義経主従の安宅の関での様子を描いて歌舞伎で最も人気のある「勧進帳」の中で、関守富樫の武士の情けが感動を呼ぶ名場面だ。
富樫は義経一行を捕らえるために頼朝の命で設けた関所の責任者。その富樫が、まさに捕らえるべき連中と分かっていながら見逃すのだ。
憂いを帯びた声で通行を認めた後、富樫は目を閉じ、涙を悟られまいと上を向いて泣いている。
計略とはいえ主君を打ち据えてまで助けようとする弁慶の忠誠心に富樫は共感した。
この後、長唄に乗って義経が泣いてわびる弁慶に優しく手を差し伸べて涙を誘う場面が続く。
今月の「勧進帳」は十一代目市川海老蔵の襲名披露狂言で、新海老蔵の富樫。弁慶が父の団十郎、義経が人間国宝の菊五郎という襲名ならではの大舞台だ。団十郎と海老蔵が同じ舞台に立つのは、幕末の嘉永以来というおまけもついている。
初日に見たが、父子の情も垣間見えるまれにみる力の入った「勧進帳」だった。
(八月一日 教宏)
=歌舞伎座 5月25日まで=
◆ 海老蔵は、元禄期の初代市川団十郎の幼名で、多くの団十郎が前名や後名として名乗った。十一代目は戦後、“海老サマブーム”を巻き起こした祖父似で、期待も大きい。
=2004年5月6日朝日新聞(東京本社版) 夕刊マリオンから
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