マリオン・コムロゴ
2004.9.9(木)更新
 

……あの子の父親の時も、そうであった。
死んで行く者のために、涙を流す暇などはない。

 「西太后」

「西太后」
   藤間紫の西太后
 死ぬと分かった実の子、同治帝に「皇帝とは名ばかりの、母の道具としてなど、生まれて来とうなかった」と言われた西太后が、分身の宦官(かんがん)李蓮英に言うセリフである。

 西太后の藤間紫が聞かせて、見せる。せめて最期は普通の母でいたいと泣き、食い違ってしまった親子の気持ちは「もう元には戻らない」と放心する。

 そして、「まだまだ、歩み続けねばならないのだから」と自分に言い聞かせて「李蓮英、供(とも)致せ!」と毅然(きぜん)と言い放つ。

 母親と権力者の間でもがく人間西太后の痛烈な叫びを聞くようだ。

 花道の七三まで行って再び肩を揺すって泣いた後、気を取り直して昂然(こうぜん)と引っ込んでいく。

 元々、「歌舞伎の女形芸ができるただ一人の女優」といわれる紫のために企画された舞台。清国を滅ぼした女帝とされてきた西太后を、自分の運命を自ら切り開き、国を支えた人物として描いた作品だ。孫徳民作、石川耕士脚本、猿之助演出。

 再演の今回は、李蓮英の笑也、同治帝の段治郎ら猿之助一門を中心とする出演者の中で、女優は紫だけ。立女形(たておやま)、藤間紫というわけだ。

 権力争いをする8大臣との対決で見せる圧倒的な迫力、見物中の京劇をやめさせて、芝居を言いとがめる時の自在なセリフなど、紫の芸の大きさが随所に光る。

(八月一日 教宏)

  =新橋演舞場 9月27日まで=


藤間紫。1923年、東京生まれ。12歳で宗家藤間勘十郎に入門、18歳で名取。戦後、映画、演劇デビューして売れっ子になる。88年、紫派藤間流を創設して家元に。

=2004年9月9日朝日新聞(東京本社版)
夕刊マリオンから

asahi-mullion.comトップページへ
サイトマップ | 会社案内 | 広告募集 | 問い合わせ | プライバシー | 著作権 | リンク
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2004 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.