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湯島天神下(1)

  湯島天神の境内も好きだが天神下界隈(かいわい)の雰囲気がとても気に入っている。
 自分が好きな場所に人を案内したくなるのは人の常だろう。かくして僕はこの界隈に、一人でも出没するが、よく人をもお連れする。

 先日、湯島天神下は初めて、という女性を案内した。待ち合わせ場所は上野広小路、上野松坂屋向かいの風月堂
 少し早めに着いてしまったので隣の呉服屋・鈴乃屋で浴衣や兵児帯(へこおび)を物色する。

男坂の昼下がり。急な階段を女の子たちが行き来していた
(写真・横田正大)
 待ち人が到着したので春日通りをフラリフラリと湯島天神下の交差点に向かう。
 交差点の左側角に和菓子のつる瀬がある。ここは帰りに寄ろう、と交差点を渡る。1本目の横丁の角に、天神下の名店として知られる居酒屋、シンスケがある。
 まだ開店まではちょっと間があるので湯島天神に足を向ける。

 湯島天神の境内へは、僕は、登りは女坂、下りは男坂にすることが多い。
 急な男坂を下りるときは足元に気を配らなければならないが、一段一段下りるごとに変わる眼下の町の光景が好きなのだ。
 この男坂を下りたすぐ左にいつも花が供えられている地蔵があるが、その先の細い路地がいい。
 人が二人すれ違えるかどうかの道幅である。
 ひっそりとした料亭や木造の家屋が並ぶ風情がいい。
 俳人の久保田万太郎も一時、この路地の木造の家に住んでいたという。
それだけでもうれしくなる界隈ではないか。

 さて、この男坂を下った道なり左側に、いずれも常連御用達の居酒屋、太郎すいせんがある。
 こういう、常連がカウンターを占める店に、ふらりと闖入(ちんにゅう)するのも、散歩の醍醐味(だいごみ)の一つではある。
 行きつけの店では味わえない緊張感、また好奇心。

 知らない店に入ることは小さな旅に似ている。

→ 湯島天神下(2)へ

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)



2002年7月17日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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