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湯島天神下(2)

 夕暮れ時、湯島天神界隈(かいわい)に居て、どこにも寄らずに帰ってきた、などと聞くと、私は(おやおや、もったいないなあ)と思ってしまう。
 時間が夕方の5時少し前だったら、天神、女坂下の角の羽黒洞の木造の建物をしばし眺める。

 数年前までは、この羽黒洞と同じような木造3階建ての家が軒を連ねていた。
 ある日、この通りを横丁から見通したら、無残にも黒こげの柱が残るばかりだった。火事になったのだ。
 しかし、この羽黒洞は辛くも一部焼け残り、類焼以前の姿に復元している。

 古い木造建築の存在は、その周辺の景観に大きな魅力を与える。
湯島天神下界隈を訪れる楽しみの一つは、この羽黒洞の建物に会うことにある。

 
下町の風情を残す女坂あたり。店頭に夏らしいねぶた飾りが風にゆれていた
(写真・横田正大)
ところで、この羽黒洞から女坂下に入ってすぐのところによろずやがある。
 ぎんだらの味噌漬(みそづけ)で知る人ぞ知る店。夕方、5時過ぎには閉まってしまうし、よい品がないときにも店は開いていないので、ぎんだらやいわしの味噌漬などが売られていると、ラッキーという気持ちになる。

 さて、そうこうしているうちに5時になる。足はシンスケに向かう。ここも開店すぐにカウンターは常連で占められてしまうからだ。

 常連さんの定席と思われるところは避けて、カウンターの端に陣取る。
われわれのような、土地の者ではないビジターは、大きな顔をして飲んではいけない。お店のあるじと、ことさら親しげに話をしてはならない。

 借りてきた猫のようにおとなしく、しかし美味(おい)しく、この店自慢の酒肴(しゅこう)をいただく。
 ところでここシンスケ、大相撲の場所中は、カウンターの前に小さなテレビが置かれる。呼び出しの声や相撲の歓声など聞きながらの一杯は、涙がでるくらいの至福の時となる。

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)



2002年7月24日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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