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谷中(9) 善光寺坂から

 上野桜木の交差点から、言問通りを根津方面へと向かう。

 言問通りの左右には古い民家や寺が点在する。古い家の見方のコツは2階から上を見て歩くこと。
 1階部分は改装したり、シャッターをつけたりで、その家の古さがわかりにくくなっている事が多い。

ヒマラヤ杉の大木が谷中の路地を覆う
(写真・横田正大)

 さて、本光寺の向かい、道の左側に筆の田辺文魁堂がある。この筆屋のウインドーはいつものぞきたくなる。
 子供の誕生記念のためかその子の髪の毛で作った筆などがあり筆の呪術性のようなものが伝わってくる。
 またこの店には、巨匠、ピカソやミロがこの店で買い求めたものと同じ筆が展示されている。

 その先には日本画材の得応軒があるがその向かい妙情寺前には、この坂、善光寺坂の由来の表示板がある。善光寺坂右手は寺が軒を並べるが、下って玉林寺に至る。

 この玉林寺からが、この界隈(かいわい)の散歩の目玉コースとなる。他の町から来た人はまず気がつかぬ「隠れ道」があるのだ。

 まず玉林寺の門をくぐる。すぐ右手に、ちょっと見過ごしてしまいそうな脇道がある。この道こそが、谷中の最深部に至るコースとなる。
 塀と塀にはさまれた道幅、せいぜい2、3メートルの道。その道の途中には、いまでも生きている井戸ポンプがある。ただし、この井戸、個人の所有なので、散歩者が勝手に使用することなどできない。
 また、こういう“奥の細道”を多人数でワイワイ、ガヤガヤ歩くなど言語道断。「歩かせていただく」くらいの気持ちが必要。

 さて、この細道を行くとポンと道路に出る。目の前に、もうまるで舞台で見る仕舞屋(しもたや)そのものの家がある。この家こそ新内の岡本文弥宅。

 道を左に行くと大きなヒマラヤ杉が見える。昔の町はずれの風景の突然の出現に、心のバランスが狂う。

→ 谷中(10) 三浦坂〜根津 へ

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)



2003年2月19日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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