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駿河台(2) とちの木通りへ

 JR御茶ノ水駅、明大通り向かいの交番脇に「お茶の水」由来の碑がある。神田川を越えた順天堂医院のあたりにあった寺の境内に名水がわき、これを将軍に献上したことから「お茶の水」と呼ばれるようになったとか。
 将軍家御用のお茶用というのだから、よほどの名水であったにちがいない。現在は「お茶の水」は名ばかりとなってしまったが、こういう由来は、この街を大切にしようという気持ちを起こさせる点で、意義がある。

 さて、交番の脇を行く道がかえで通り、それより駿河台下に1本下がった道がとちの木通り。いずれも、その通りの街路樹にちなむ名でわかりやすい。
 このあたり、学校と病院の街といった感じで、一種、独特の現実ばなれしたような雰囲気が流れる。

緑陰のとちの木通り。学生街をさわやかに、自転車便の若者が駆け抜けた 
(写真・横田正大)

 たしか、この通りはかつてマロニエ通りとも呼ばれていたはず。植物学上は近い種なのでどちらでもいいようなものだろうが、そこは「学究の街」駿河台、正しい方をとった。
 トチは「橡」とも「栃」とも書き、この街路樹に見るとおり、20メートル以上の樹高となり、七葉の葉を茂らせる。初夏、樹上に花をつけるが、あまりに高いところに花があるために気づかれないことが多い。

 その、トチノキの葉の下を白衣の看護師さんや画材をかかえた画学生が通る。
 そういえば、この通りのレストラン・レモンは、かつては画材専門店だった。「マロニエ」という名のついた喫茶店もいまはない。

 今日も変わらないのが、通りに面した文化学院。1921年、西村伊作が創立。大正デモクラシーの象徴のような校風で、与謝野寛、晶子、有島武郎、菊池寛、川端康成といった講師陣が集った。ツタのからまる校舎である。

 ◆2日付の文中、ニコライ堂を、「ロシア正教会」としたのは誤りで、正しくは「日本正教会」です。

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坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)




2004年6月9日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から

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