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私の描くグッとムービー

豊かな競争をしよう 香山哲「ボビー・フィッシャーを探して」を語る

 ドイツ・ベルリン在住で、漫画「ベルリンうわの空」シリーズの作者・香山哲さん。漫画にエッセイ、コンピューターゲーム、インディー出版レーベル まで、いろんなものを自分で制作されています。今回、朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」にご登場いただき、お気に入りの映画「ボビー・フィッシャーを探して」(1994年、スティーブン・ザイリアン監督)についてお話頂きました。記者にとって、香山さんの作品は指南書のような存在です。たくさんの考え方のヒントを教えてくれますが、それが、答えの提示ではないことが大きいからかもしれません。なんだか、映画の主人公ジョシュと、香山さんには通じるものがあるような……。(聞き手・伊東哉子)

 

 

――「ボビー・フィッシャーを探して」、どんな映画か教えていただけますか。

 

 実在するチェス選手ジョシュ・ウェイツキンのお父さんが書いた本が原作です。ジョシュが7歳でチェスと出会い、チェスとの付き合い方を変えながら生きていく様子を描きます。僕がゲーム好きなので、ゲームの出てくる映画をいくつか観ているうちに、この映画を知ったんだと思います。

 

――今回この映画を選ばれたのは、なぜですか。

 

 新聞で紹介するので、いろんな人に勧められるように、怖いシーンがないものにしようと思いました。1箇所だけ、ある大人がジョシュを理不尽に怒るシーンがあるので悩んだんですけど、直後にちゃんと助けられるから大丈夫かなと思います 。

 

ジョシュみたいに、やさしくなれたら

  

 劇中の、子供部屋の感じや、お菓子や服や自転車を観ていて1990年ごろの自分の子ども時代を思い出します。「ET」、「グレムリン」、「グーニーズ」とかもですけど、1990年ごろに僕は小学生だったので、それらの映画のこども達となんとなく時代が一緒。それに、出てくるおもちゃや家具が、当時日本でも手に入ったんですよ。だから、「これ持ってた」、「これ食べたことある」が、全部じゃないけど、時々ある。初めてなのに懐かしく感じて、そこには住んでなかったのに、そこに住んでた感じがするのが不思議で面白いです。

 最初に見た時からすごく気に入りました。自分の中で100点だなって。例えばですけど、無駄に好きな女の子のこととかが出てこない。「あれもこれもあって嬉しい」っていうよりは、「余計なものがなくて嬉しい」って感じです。子供時代で話が終わっちゃうから、結構スパッと終わる。そこも好きかも。色々なものを削っているはずなのに、それでも大事なことがしっかり詰まっているように感じられるのが、僕にとって素晴らしいと思える部分です。

  小さい妹がチェスのコマを持って「これは?」と聞き、ジョシュが「ポーン」と説明するシーンが好きです。「これもポーン」とポーンがたくさんあることを教えるんですよね。兄にとっては当然でも、妹には不思議。ジョシュはあんなにチェスが上手いのに、1ミリも知らない人の立場に立っていて、「チェスにおいても優しい」っていうのが、良い。この子は出来すぎているけど、自分もそうあれたらいいなって思えるのが、物語のいいところだと思います。大人にも、「今からでも見習えるかも」って思わせてくれるのが良いですね。

 

――香山さんが映画を観て「ジョシュみたいになれたらいいな」と思うように、私も香山さんの作品を読み返す度に「香山さんみたいになれたらいいな」と思います。香山さんのように、自分や周りに対して上手く向き合いながらヘルシーに生きたいと思いつつ、日常生活を送るうちに段々忘れてしまうので……。

 

 嬉しいですね。僕も、読者の方々と良い影響を波及させ合いたいって思います 。

 

――見えている世界のギャップ、相手の立場に立って考える、海外で暮らしていたら、国内での生活以上にそういう瞬間がありそうですが。

 

 ありますね。例えば、日本は比較的西洋化されている方だから、洋風のレストランの使い方は慣れている方だと思います。「新しいお皿に変えてください」とか、あまり気がねなく言えるし。でも、そういう文化圏で育ってないと、作法が分からなくて戸惑うことも。出身国なんかも含めて、違いがあって当たり前の人たちが混ざり合って「相手にない部分を埋め合う」っていうのが、確かにありますね。

  

ゲームの楽しみ、山や川で遊ぶような

 

――香山さんの著書「プロジェクト発酵記」にて、「スカイリム」というドラゴン退治をメインにしたロールプレイングゲームで、戦うよりも、宝石や骨を集めるとか周りのことを楽しんでやっていたと書かれてましたよね。香山さんは、ゲームのどういうところ好きですか。

 

 僕にとって、山とか川で遊ぶ感覚に近くて。例えば、音楽や映画は再生ボタン押せば最後まで勝手に進んじゃうし、本を読むのは目で追うだけだけど、ゲームは、能動的に参加しないと楽しめない側面が強いです。「勝たないと進めない」だけでなく、例えば、AかBかを選ぶとか。

 逆に言えば、攻略をせずに骨を拾ってるだけでも、自分が能動的に選んで納得してればいいのかなって思います。どんな遊び方であっても、楽しかったって思えば元を取ったことになるし。目に見えやすい形で、多様さを許してくれているのかもしれないですね。

 

――香山さんは自身でゲームも作られていますよね。ゲームを好きでプレイする、から「作ってみよう」と思ったのはなぜですか。

 

 小さい頃から工作が好きだったので、遊ぶより作る方が楽しいっていうのは、なんとなく昔から思っていました。どんなにしょうもなくても、自分で作ったものだと愛着が持てる。厚紙を丸めてビー玉を入れるとポトポト転がる、とか、そんなんでも、すごく楽しかった覚えがあります。僕より上の世代の人の方が、そういう人が多いのかもしれません。パソコン、昔は「マイコン」って言っていたと思うんですけど、プラモデルとか無線とかプログラミングとか、全部まとめて「工作」って感覚。黒い画面で白い点が1つ動くような単純なものでも、仕組みを理解して自分で試すこと自体に楽しさがある感じで。

 

――どんなゲームが好きですか。

 

 いくつか基準があるけど、やっぱりビジュアルが素敵なものには惹かれます。僕は絵が好きだから、今までにないビジュアルを取り込んでるものとかは、すごく興味が湧きますね。

 僕は、絵が動くだけですごく楽しくなるタイプ。ボードゲームでも、「外国の匂いがする!」とか、分厚い紙で作られているカードに「ちゃんと分厚い!」とか、遊ばなくてもそういうのだけで楽しいです。買って見てるだけでも嬉しいというか。

 

ベルリン、心地いい感じ

 

――ドイツは、おもちゃやボードゲームの種類が豊富なイメージがあります

 

 楽しいですよ。トイザらス や、スーパーなんかにもいっぱい置いています。毎年、ドイツのゲーム大賞があって、それで上位に入ったものは全国で置かれるんですよ。電車の中でも、そういうゲームの広告映像をよく見かけます。

  暮らす場所にベルリンを選んだのは、自分の考える「心地いい感じ」を大事にしたからかもしれません。イライラしている人がすくないと感じるのもいいなと思います。そういう場所にいたい。人間のイライラや攻撃性や毒性って、制度や風習も含めた環境要因も大きいかなと思って、国ごと引っ越してみたいと思いました。どこがベスト、どこに行きたいとは思わなかったけど、1回動かしてみて、様子を見てみたいなと。ひとまず動かしてみたら、思ったより良かったので住んでるっていう感じです。

 初めてドイツに来たのは多分10年前で、それから何年か行ったり来たりしてっていう感じでしたね。三か月くらい滞在して、とか。たくさんの場所を試すほどのお金や時間の余裕はなかったのと、ドイツは初めて行った時から結構気に入ったのもあったし。

 

――ドイツは雑貨のデザインも良さそうなイメージです。

 

 そうですね、全体的に気楽さがあるかもしれない。牛乳のパッケージなんかでも事務的な感じだったり、シンプルな感じが好きかな。宣伝文句とか、お金を使わせようと誘導してくる感じが少なく思えて僕は好きですね。

 

勝ち負けある競争、付き合い方を豊かに

 

 この映画は「勝ち負けがある競争でも、ヘルシーに楽しみながら参加することができる」と気付かせてくれました。競争自体をやめたり、熱中する時間を減らさなくてもいい。仕事や受験でも、競争自体を健全で幸せで豊かなものにすることが大事なんだと思います。ただ勝利だけを目的にするのではなく、1つ1つの局面を楽しんだり、競争との付き合い方を豊かにするという発想が、僕は気に入りました。

 

――最後の決勝戦で、ジョシュが対戦相手にかける言葉は、「いい試合だったね」でしたよね。

 

 そうですね。やっぱり、相手を再起不能にするんじゃなくて、ちょっとでも、お互いがこのゲームで得るものがあったらいいなみたいな、ああいうところだと思うんですよね。

 

――勝ち負けのあるゲームがメインテーマなのに、競争心に主軸がないのがちょっと珍しいなって思うのと同時に、そこがいい映画だなって思います。

 

 元々チェスの文化には、アメリカとソ連で争うような雰囲気もあったかもしれない。選手たちが国を背負わされているというか。でも、チェスを楽しむ子供たちはそんなの全く関係なく遊んでますよね。例えば、子供のチェス大会で口を出しすぎる親たちが閉め出されるシーン。外でソワソワ待つ大人たちに、子供たちが機転を利かせて伝言ゲームみたいにして試合の状況を教えてくれるんですよね。大人が子供に教えてもらってる。あれは、大人への念押しというか、「大人が子供に与えてるばかりじゃないよ」って強調されてるんじゃないかな。

 

――大人になると、純粋に「楽しい」「好き」だけじゃなくて、色んなものが混じってくるじゃないですか。まっすぐでありたいなと思っていても、劇中のコーチのようにヘルシーじゃない概念を植え付けてくる人から考えを押しつけられたり、無意識に刷り込まれたり。そういう場合、香山さんは、どう対処されてますか。

 

 避けやすいものもあれば、回避しづらいものがあると思うんですよね。映画に出てくるジョシュのお母さんは一貫して「安心できる人」じゃないですか。息子のコーチに対しても、間違ってると思ったらすぐにNOを突きつけて、トキシックなものをはね除ける力強さを持ってる。中々、あんな風にはできないと思います。でも、例えば無理のあるスケジュールとか、食事や睡眠を犠牲にしなければいけない環境とか、自分にとって不健康なものはできるだけ避けるようにしてますね。

 

――香山さんは、ご自分の作品を通じて、いい影響を与えられたらなっておっしゃってましたよね。私の場合は、人からいい影響を受けたい・自分も人にいい影響を与えたいって思うようになったのが割と最近なんです。大人になって少し経ってから、ようやくやっと。香山さんは、いつ頃からそう考えるようになったんですか。

 

 僕には弟がいて、小さい頃はよく僕の真似をしていました。いい影響だけじゃなくて悪い影響も僕から受ける。例えば、すごく体に悪そうなガムを買って、僕が美味しそうに食べていると、弟もそれを欲しがるんですよ。そしたら親が嫌な顔する。だから、食べたいものは食べるんだけど、そのガムばかりにしないで、同じくらい食べたい別のものを選ぶとか。そういう自覚は昔からあったかもしれません。でも、生き方についてとか、できれば人にいい影響を与えたいとか思うようになったのは、本当に最近です。

 

――最後に、これからこの映画を観る方にオススメをお願いします。

 

 自由に観てもらえればいいかなと思うんですけど(笑)、映画自体は簡潔で、人生の全部がこれに書いてあるやん!と思えた映画です。恥ずかしがらずに、登場人物たちと自分を照らし合わせながら楽しめるんじゃないかな、と思います。

 

 

 

ボビー・フィッシャーを探して

監督・脚本=スティーブン・ザイリアン

原作=フレッド・ウェイツキン

製作国=米

出演=マックス・ポメランク、ジョー・マンテーニャほか

 

 

香山哲  漫画家、ゲームクリエイター。ドイツ・ベルリン在住。代表作の「ベルリンうわの空」は、文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査員推薦作品。宝島社「このマンガがすごい!2021」にも選出された。最新作は、「香山哲のプロジェクト発酵記」(イースト・プレス)。現在、「路草」で「レタイトナイト」を連載中(https://michikusacomics.jp/product/leteitenite)。

Twitter:@kayamatetsu https://twitter.com/kayamatetsu

Instagram: https://www.instagram.com/kayamatetsu/

HP:https://kayamatetsu.com/

 

取材後記

 香山さんがゲームの好きなところについて「能動的に参加しないと楽しめない」とおっしゃった時に、人生もそうだよな……と勝手に大きなテーマを重ね合わせてしまいました。

 私が香山さんを思い浮かべるとき、魔法使いの帽子をかぶった髪もひげも白くて長い長老がなんとなく頭に浮かびます。「ベルリンうわの空」の主人公(≒香山さん)も、取材時に画面越しにお会いした香山さんも全くそういう感じではないのですが……。今すぐにはわからなくても、しかるべき時が来たら役立つヒントを授けてくれるイメージからでしょうか。香山さんの作品にファンタジー要素が含まれていたり、ご自身がゲーム好きという情報が頭にあったりするせいかもしれません。

 常々、「いい人間」になりたいなと思っています。でも、方向性も漠然としていれば、そこに向かう手段も無限で、私にとってはなかなか難しい課題です。ただ、香山さんを見ていて、自分が目指す先は「善人」ではなくて、自分もまわりもなんとなく気分良く過ごせる状態なのかなと思うようになりました。

 取材中、香山さんが「ちょっとでもマシにしなきゃとか思いますよね、自分を」とおっしゃったのが印象的でした。子供の時から自分が弟さんに与える影響を考えていたような、香山さんでもそう思うのかと。「いい影響を波及させあいたい」ともおっしゃっていましたが、香山さんはその輪の中にもういますよ!と思いました。映画の主人公ジョシュを見習おうと思う香山さんがいて、その香山さんを見て自分の目指す先だと思う私がいて。私も、受け取るから先へ進めたらいいなと思います。香山さん!

(伊東哉子)

 

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