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私の描くグッとムービー

【SP】映画のリレーでつながる思い出 北條誠人「セロ弾きのゴーシュ」を語る

 現在、日本で最も歴史が長いミニシアターの一つとなった東京都渋谷区の「ユーロスペース」。1980年代のミニシアターブームを牽引した代表館です。今回は、ユーロスペースで支配人を勤める北條誠人さんに思い出の映画を選んでいただきました。

 北條さんが選んだのは、1982年公開のアニメーション映画「セロ弾きのゴーシュ」。原作は宮沢賢治、脚本・監督はスタジオジブリ作品でも有名な高畑勲。日々数多くの映画作品を扱う北條さんが、この1本を選んだ理由とは。

 2023年12月8日の朝日新聞夕刊紙面「私の描くグッとムービー」欄のロングバージョンです。(聞き手・笹本なつる)

 

 

◆作品との出会いは小さな上映会

 

 この映画を初めて見たのは1982年1月の寒い日。アニメ好きの同級生に連れられて、御茶ノ水にあった日仏会館での完成披露上映会に行ったんです。その時は20歳くらいでまだ映画を観る側の人でした。最近になって『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の片渕須直さんが受付の手伝いをされていたと知ってびっくりしました。

 

 それまでは宮沢賢治の小説も童話も1冊も読んだことがなくて。原作の「セロ弾きのゴーシュ」も今回初めて読みました。宮沢賢治は教科書に載っているくらいの認識しかなくて、どちらかと言うと高畑勲さんの新作を観たいという好奇心で観に行ったんです。その同級生がいなかったら、上映会に足を運んでいたかどうかわからない(笑)。

 

 この映画は制作に5年かかったそうです。上映会場は満員で熱気に圧倒されました。小さなプロダクションで作られたアニメーション映画なので、ずっと制作を応援してきた人や宮沢賢治ファンもたくさんいたんだと思います。高畑さんの入魂の新作ということと、70年代から80年代にかけての宮沢賢治ブームが重なっての熱気だったんだと。僕は冷やかしに毛が生えたような感じで来ていたから、みんなから置いていかれるような気持ちでした。

 上映会で特に覚えているのは、タヌキの子がゴーシュと一緒にポンポコ、ポンポコ演奏する場面で「可愛い…」という押しころした声とため息が会場中から聞こえてきたこと。あの時の雰囲気がすごく印象に残っていますね。

 

 

 今回改めて映画を見て「そういうことだったのか」と気がついたことが、光の描き方。月明りや星のまばたきと影、夕焼けの赤さ、朝日が昇るときの白さ、ゴーシュが寝坊をして起きたときの正午の太陽光線のきつさ…そういうものがずっと画面に入ってきているんです。さまざまな光が一日をめぐって空を彩っていく。一日の時間の経過を光の表現で観られる映画は、なかなかないと思います。

 

 初めて見たときはキャラクターや物語に目が向いていましたが、今はこの作品を作った人たちのほうに目がいきますね。物語を伝えるときに、画面をどのように設計して、何に力を入れて伝えようとしているんだろうというところに一番興味をおぼえます。それを追っかけていくと映画のみえ方が違ってきますね。

 

◆「主人公は君たちのこと」静かに語りかける声

 

 取材を受ける前に、なぜこの映画を取りあげようかと思ったのかを頭の中で整理したんです。原作や音楽に対する誠実な取り組み方や、アニメーションらしいキャラクターの動き、背景の美しさ…などいろいろありますが、「好きな映画」というよりも観るごとに考えることや思うことが違ってくるからかも知れないですね。

 

 この「セロ弾きのゴーシュ」だけではなく、高畑作品の多くは高畑さんが静かな声で「この主人公は君たちのことなんだよ」と語っているような感じがするんです。

 ゴーシュはみんなの足を引っ張ってしまって申し訳ない、悔しいと涙を流しながら練習していたり、劣等感から猫やカッコウに当たったり。だけど、後半に出てくるネズミの親子には優しく接してあげていくように、少しずつ変わっていっている。

 それと、「音楽をコミュニケーションしながら作っていく」というのがもうひとつのテーマにあるんじゃないのかなという気もするんですよ。人と接することで主人公が成長するというと普通の話になっちゃうんだけれど、この映画は主人公の成長を人だけではなく動物や音楽との接し方を描くことで強い説得力を持つことがこの映画の魅力だと思います。

 あと、作中の街並み。戦前、昭和初期時代だと思いますけど、描き方がたまらなくいいですよね。

 

 最近のアニメーション映画は本当に規模が大きいものが多いですが、40年前に小さなアニメーション映画を見たことが今でもずっと記憶に残っている不思議さはつくづく感じますね。やっぱり、それは高畑さんが私たちに映画をとおして何か語ろうとしているものがあるからじゃないかと思うんです。

 

◆「上映する側からは”怖い映画”」?

 

 この映画をユーロスペースでもすぐにでも上映したい気持ちと、そんな気軽に上映していい映画なのかと自分自身に問いかける気持ちがあります。

 映画って、上映する時間帯や季節でお客さんが違ってくることもある。そうなると、どういう上映が一番いいんだろうかと考えちゃう。子どもでも、私たちの世代でも楽しめる映画だから、どんな人にまず観てもらいたいか考えてしまいます。この映画は上映する側からは実は怖い映画なのです。観ることと上映することの違いをつくづく感じますね。

 あの日の上映会の思い出をお話することで、その方がこの映画に興味を持ってくれて観てくれればとてもうれしいです。映画のリレー、と言ってしまうと大袈裟でしょうか。あの日仏会館の上映に携わったスタッフはどんな気持ちでこの映画を上映していたのでしょうね。幸せな体験へのお礼を申し上げたいと思います。

 

 イラストでタヌキの子を選んだのは、丸くて描きやすいからです。あとやっぱり、上映会でタヌキの子が登場した瞬間の空気の変化がすごかった。夜空に向かって指揮をしているふうに描きました。

 

 

北條誠人(ほうじょう まさと)

1961年生まれ。ユーロスペース支配人。中学生時代の映画好きな同級生や先生に影響を受けて、映画館に足を運ぶようになる。映写技師として大学卒業後、ユーロスペースに入社。入社後2年で支配人に就任。

アキ・カウリスマキ監督作品『枯れ葉』が上映中。

ユーロスペースwebサイト

http://eurospace.co.jp/

 

グッとムービー
https://asahi-mullion.com/column/article/dmovie/5890

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