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ひとえきがたり

紀伊田辺駅(和歌山県、JR紀勢線)

最後の姿 みんなで描いて

地元ゆかりの動物などが描かれた駅舎は、取り壊しをこの姿で迎える=和歌山県田辺市湊
地元ゆかりの動物などが描かれた駅舎は、取り壊しをこの姿で迎える=和歌山県田辺市湊
地元ゆかりの動物などが描かれた駅舎は、取り壊しをこの姿で迎える=和歌山県田辺市湊 地図

 若い女性が携帯電話のカメラで駅舎をパチリ。白い壁面をカンバスに、動物のシルエットや三角屋根を飾る赤い幕を描いた壁画を写真に収めると、満足顔で改札へと姿を消した。

 熊野古道の玄関駅である紀伊田辺駅は、沿線の駅舎をアート作品で彩るイベント「紀の国トレイナート」(10月17日~12月24日)の主要駅だ。昨年に続き2回目となる今年は、美術家ら22組が20の駅舎を舞台に作品やワークショップを展開し、特別列車を走らせる。開催期間を前に、紀伊田辺駅の準備は整った。

 1932年に開業した沿線最古の木造駅舎は、震災対策のため近く建て替えられる。トレイナート実行委員長で画家の廣本直子さん(40)は「この駅に愛着がある人に委ねたかった」と、地元の高校に通った榊貴美さん(32)に壁画を依頼。榊さんは、駅舎の最後の姿に舞台の幕が下りるイメージを重ね、「訪れる人がひとときの主役に」と幕を描いた。駅再生の意味を込めた植物の葉は一部を彩色せずに、開幕の日に市民が塗れるようにした。「いろんな人の思いがこもった駅。みんなで作品を作り上げたという感覚になりたくて」。毎日声をかけて制作を見守った小山等駅長(56)も思い出をもつ一人。近くの町に住んだ小学生時代、母親と汽車に乗ってこの駅に買い物に来ることが「ほんま、楽しみやったで」。駅舎の最後を惜しみつつ、舞台の幕がもうすぐ上がる。

文 中村さやか撮影 楠本涼 

 沿線ぶらり
クジラの壁画

 JR紀勢線は亀山駅(三重県亀山市)と和歌山市駅(和歌山市)を結ぶ384.2キロ。紀伊半島を海沿いに走る。

 11月21日(土)~23日(月・祝)、特別列車紀の国トレイナート号を運行。各駅のアート作品を楽しめるよう停車時間を長く設け、車内でジャズライブや各美術家による作品解説などを行う。通常の乗車券のみで利用可能。

 捕鯨の町、和歌山県太地町の太地駅には、昨年ホームに描かれた巨大なクジラの壁画写真=に加えて階段にも新たな絵画が登場する。駅周辺にはクジラ料理店や鯨肉を売る店も。

 新宮駅前の広場には積木の茶室を設置。紀の国トレイナート号の運行に合わせてホームで茶会が開かれる。問い合わせは田辺商工会議所内事務局(0739・22・5064、平日のみ)。

(2015年9月29日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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