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西アジア美術【上】 横浜ユーラシア文化館

文字で装飾するイスラム美術

「青銅製刻線文水桶」イラン 15世紀以降
「青銅製刻線文水桶」イラン 15世紀以降
「青銅製刻線文水桶」イラン 15世紀以降 「ディーナール金貨」(左)表(右)裏 イラン、ニーシャープール 1012~13年

 近年、異文化交流が盛んです。その源をたどると、東アジアから欧州まで続く交易路・シルクロードにつながるかもしれませんね。その中継地点ともいえる、アフガニスタンからトルコまでの西アジアは、7世紀以降にイスラム教が広まり、東西文化と融合しながら、独特の美術が形成されました。

 日本では数少ない西アジア美術の優品を見られるのが、横浜ユーラシア文化館です。東洋学者・江上波夫(1906~2002)が収集した作品群を所蔵し、ユーラシア大陸の各地で使われていた道具や陶器、装飾品を展示しています。

 イスラム社会では、宗教的な場面での偶像表現は禁止されていましたが、世俗的な場所では動物や人間を描くこともできました。この水桶(おけ)は青銅製で風呂の水くみ用として作られたもの。15世紀以降の作といわれていますが、表面に刻まれたスフィンクスのような架空の動物は12世紀ごろに流行したモチーフ。丸みを帯びた器形も、エルミタージュ美術館が所蔵する、同時期の「ボブリンスキー手桶」とほぼ同じで、制作時期は検討の余地があるかもしれません。口縁部には繁栄や長命など、持ち主への祝福の言葉が刻印されています。

 一方で、11世紀のコインの表面には、「神のほかに神はなし」などの文字が見られます。どちらも文字を装飾的に表現しているのが特徴です。

(聞き手・石井久美子)


 どんなコレクション?

 東洋学者・江上波夫が長年の研究生活の中で収集した約2500点の資料と2万5千冊の文献を、晩年を過ごした横浜市に寄贈したことをきっかけに2003年に開館。旧石器時代から現代まで、ユーラシア全域にわたる作品を所蔵。「砂漠と草原」「色と形」など五つのコーナーに分けて展示している。西アジア美術に関する作品は23点。「青銅製刻線文水桶」と「ディーナール金貨」は、常設展示。

《横浜ユーラシア文化館》 横浜市中区日本大通12(TEL045・663・2424)。午前9時半~午後5時(入館は30分前まで)。200円、小中学生100円。(月)と、12月28日~1月3日休み。

東京大東洋文化研究所教授 桝屋友子

桝屋友子さん

 ますや・ともこ 東洋文化研究所所長。東京大大学院修士課程修了。ニューヨーク大大学院博士号取得。専門はイスラム美術、特にイランにおけるイスラム美術を研究。著書に、「すぐわかるイスラームの美術」「イスラームの写本絵画」など。

(2017年11月7日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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