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あいかの"愛ことば劇場" ロゴ

明日の太陽を見るまでは頑張ろう
ヒロイン佐月愛果が振り返る舞台「病的船団」

写真は吉田実希さん撮影

みなさま、こんにちは。佐月愛果です。
コラム「あいかの愛ことば劇場」では、普段は観劇した作品についてつづっておりますが、今回は趣向を変えて、私自身が出演させていただいたミュージカル「病的船団」について、「演者視点」からお届けしたいと思います。
物語の舞台は、心になんらかの傷を抱えたり、性質に偏りがあったりする8人の「患者」たちが集められた一隻の船の上です。

 

 

主人公のカッケルは、過去に起きた大災害で助けを求めてきた人の手を振り払ってしまったという負い目を抱え、ひたすら日記に何かを書き続ける無口な少年です。
他の乗客も、神経質な男、潔癖症の男、自死の願望がある女、拒食症の女、暴力的な男、引きこもりの女……と多種多様に社会と交われない人々です。私が演じたポプリは、心は子どものままで身体は大人という、不思議な女の子でした。
彼ら彼女らは、同船した医師とその助手と共同生活を送ります。
表向きは「政府公認の医療プロジェクト」とされていた、この航海。しかし、実際にはある会社によるデータ収集のための人体実験の場であり、治療は単なる口実でした。
そして恐ろしいことに、データを集め終えたら、船は「患者」もろとも証拠隠滅のために沈められる運命にありました。

 

 

外の世界から遮断された船上では、病的な性格ゆえに部屋割りすら決まらないなど、当初から様々な問題やいさかいが噴出します。しかし患者たちは極限状況の中で少しずつお互いの共通性をみつけ、分かり合うきっかけをつくりだします。
そんな中、かたくなに自分の世界に閉じこもっていたカッケルが唯一、心を通わせることができた相手がポプリでした。
目にするものすべてをいとおしく感じる無邪気さを持ち、何も知らず、何も疑わず、ただ「今を愛して生きている」存在です。

 

 

彼女の無垢(むく)な心は、自然にはぐくまれたものではありません。
彼女は特殊な抗体を持つ身体であることを理由に、生まれてすぐ裏社会に売り渡され、狭い部屋に閉じ込められて毎日身体を調べられるという、壮絶な過去を持った「実験体」だったのです。その純粋さは、外の世界も他人のぬくもりも知らないまま育った環境の中で培われたものでした。同時に、それはポプリ自身が「『奪われる』ことの連続の中で必死に守ってきたもの」でもあったと感じています。
そして彼女も、いずれは用済みとされ、船とともに沈められる運命です。

 

 

ポプリを演じるにあたって、発声という大きな壁に当たりました。
ポプリのような無邪気な子を演じるのは、成長してからは初めて。子どもらしい高い声で歌ったり、セリフを述べたりするのも不慣れで、発声から何度も先生にお稽古をしていただきました。
ポプリは単に「精神が幼い」のではなく、「心が幼いまま閉じ込められてしまった存在」であることを特に意識しました。
相手の顔をのぞき込むときの目線、触れた瞬間の笑顔。その一つひとつが「世界との初めての接触」になるように。彼女の無邪気さは、ただのかわいらしさではなく、「悲しみの上に立つ純粋さ」。だからこそ、ふとした瞬間にのぞく寂しさや孤独があり、彼女の奥に確かに存在しているものを感じさせます。でも、この未経験かつ繊細、複雑なお役にどう向き合っていったらいいのか。当初は考え込むような気持ちになりました。

 

 

とはいえ、振り返ってみれば、私はどんなお役を任せていただいたときも、お役づくりにおいて必ずどこかで壁にぶち当たってきました。それを何度も乗り越えてきたことの繰り返しです。
そう考えると、長い幽閉生活から外の世界へと出てきたポプリの戸惑いにも希望にも、共感できる部分がたくさんあるように思えました。ポプリは純粋であるがゆえに、感じたことを瞬時に言葉として発していることが多い。なので、相手のセリフを受けて、私自身が最初に抱いた感情を大切に。

 

 

ポプリなりにしっかり考えながら行動しているところもある。そこの思考部分も伝わるようにと思い、お役をつくっていきました。
物語全体を通してみると、この舞台の根幹には、現代社会への強いメッセージがあると思います。船の上に集められた8人の「患者」は、現代の人たちが多かれ少なかれ抱えている「生きづらさ」の八つのパターンを象徴しているようです。
「どんなに苦しくても、どんなに痛くても、どんなに悲しくても、明日の太陽を見るまでは頑張ろうって思うの」

 

 

最終的に患者たちは、病気が治ったら沈められるという船の運命に抗い、「(病気を病気として抱えたまま)ずっと航海を続ける」という新たな決断を下します。
この世には完璧に正常な人間などおらず、誰もが何らかの心の傷や欠点を抱えています。この世界では、不完全な者同士が違いを受け入れ、肩を寄せ合って生きていくしかない。この舞台は、そんな普遍的かつ重要なメッセージを私たちに投げかけているように思います。

 

 

私は今回、6歳で初舞台を踏んでからずっと憧れていた「ヒロイン」というお役を初めて頂きました。主演とはまた違うあり方の難しさを感じつつ、カッケルくん役の三原悠里さんとたくさんお話し合いをし、カッケルくんとポプリの心情についてお互いの解釈を出し合ったり、たくさんのことをご教授頂いたりしました。
そして、幼い頃から宝塚歌劇が大好きで、娘役さんに憧れていた私にとって憧れだった「リフト」にも初挑戦しました。

 

 

お相手に完全に身体を委ねる勇気、体幹の難しさ。どれも初めての経験で、持ち上げてくださった白水こころさんには何度も練習にお付き合い頂きました。
また、少しでも幼く、かつ「病的」に見えるように、お化粧にも拘りました。
赤みのあるアイシャドウにチークの位置。カラーコンタクトやつけまつげまで、何度も調整し、ようやく辿り着いたポプリのお化粧でした。
そんなことも、舞台を終えた今はかけがえのない思い出の数々です。

 

 

「愚かしくも醜くも美しい『病人たちの後悔』を乗せた航海という名の人間賛歌」
すべての皆様に、「明日の太陽を見るまでは頑張ろう」と思って頂けていると幸いです。

 

佐月愛果(さつき・あいか) 2002年生まれ、大阪府出身。6歳からミュージカルを始める。2020~24年にアイドルグループNMB48に在籍。

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