佐月愛果です。
今回、初めて2.5次元のミュージカル「薔薇王(ばらおう)の葬列」(4月19~27日、東京)を観劇させていただきました。
2.5次元というのは、漫画やアニメ、ゲームなどの「2次元」のコンテンツを原作として、キャラクターや世界観をそのまま舞台化した作品のことです。漫画やアニメの主人公を実際の俳優さんが演じる。特に新進気鋭、若手の俳優さんたちにとっては実力を示す「登竜門」のような世界だそうです。
同名の漫画を原作としたこの舞台で描き出される時代は、中世イングランド。白薔薇を紋章とするヨーク家と、赤薔薇を掲げるランカスター家が王冠を巡って争う「薔薇戦争」の時代です。シェイクスピアの戯曲「リチャード三世」が下敷きとなっています。
主人公はヨーク家の三男・リチャードです。リチャードは男女二つの性をもって生まれたため、母からは「悪魔の子」と疎まれ、しかし父からは深い愛情を受けて育ちました。戦いの渦中、リチャードは時に男性として、時に女性として振る舞います。この役を演じた飛龍つかささんの変幻自在の演技とあいまって、そのキャラクターの魅力にたちまち引き込まれてしまう感覚を味わいました。
そんなリチャードが、戦争の最中に出会うのがヘンリーという羊飼いの青年です。この出会いが全ての始まりとなり、二人は深い絆を結びます。リチャードにとって、自由な世界で伸び伸びと生きている(ように見えた)ヘンリーは、「自分にないもの」をもっている人でした。
しかし、羊飼いと思っていたヘンリーは、実はリチャードにとって仇の存在であり、憎むべき相手でした。それを知ってしまったときの、リチャードの苦悩。変転する二人の運命は、非常に美しくも残酷な結末へとつながっていきます。
舞台セットには無数の無色の薔薇がちりばめられ、そのいびつさが物語に深みを与えていました。リチャードとヘンリーがデュエットで歌うシーンでは、照明が二人を照らし、その歌声だけが響いていました。二人が運命から逃れられない様子が、あまりに哀しく、あまりに美しく、胸を打たれました。
個人的にこの舞台で特に印象に残ったのは、リチャードが初めて人をあやめるシーンです。その相手は妻と息子の肖像を持っており、それを見たリチャードが「この子の父を俺が殺した」と絶望の表情を浮かべる場面。敵であれ何であれ、人は必ず誰かにとって大切な存在であること。戦争が生み出すむなしさと、悲しみの連鎖を痛感しました。
また、驚いたのは、客席で戦闘シーンが始まったとき。目の前で繰り広げられる殺陣に、自分もその世界の中に身を置いているような感覚になりました。愛する息子を目の前で処刑されたランカスター家の王妃マーガレットが、自らは処刑されることなく、絶望の中で生き続けなければならない場面にも胸が締め付けられました。殺されることと絶望の中で生きること、どちらの方が苦しいのか。その答えはいまだにわかりませんし、一生わからないような気がします。
初めて2.5次元の舞台を観劇した私にとって、この舞台の魅力を一言で表すとすれば、「圧倒的な世界観」です。美と残酷さが同居する物語に、開演から一気にひきこまれた――というより、引きずり込まれた感覚に近く、あっという間のに時間半が過ぎていました。
観劇後に残った感情は、飛龍つかささんも出演された宝塚歌劇団花組の「冬霞の巴里」を観たときに残った感情と少し似ていました。この物語も美しくて残酷で、大好きな作品です。何度映像をみかえしたことか、わかりません。どちらの作品も、必ずしもハッピーエンドでは終わらない舞台であり、登場人物たちの「救われなさ」を浮かび上がらせる作品。観る人の心に「傷痕」のように残る作品、という表現がぴったりくるような気がしています。どちらも、決して忘れられない舞台となりました。
終演後、主演の飛龍つかささん、総合演出・振り付け・そしてご出演もされている良知真次さんにごあいさつさせていただきました(泣)。実はお会いするのは2回目なのですが、お優しくてたたずまいもお美しく、お人柄も本当に素敵な方です。
目の前にいらっしゃるだけでかっこよくてオーラがまぶしくて目がチカチカしてしまいました。目を合わせるだけで緊張してしまいます。そして私のことを覚えてくださっていたことに大感動いたしました。花組ファンの私、感無量でドギマギしてしまうなど。あまりにも花男(花組の男役さん)を感じました。
舞台には、元AKB48の小田えりなさんも出演されており、その歌声や演技がとても可愛らしく、舞台での存在感が印象的でした。私は姉妹グループのNMB48に在籍していましたが、アイドル時代にはお会いする機会がなく、いつかお会いできたら、と思っていました。
この舞台は、ただの歴史物語ではなく、深い人間ドラマが描かれていると感じました。リチャードとヘンリーの関係が進展する中で私が感じたのは、愛と運命に翻弄される人間の弱さ、同時に強さ。そしてたどり着く「愛する人とは必ず別れが来る」というラストの切なさです。
リチャードはヘンリーとの関係において、「愛情」と「復讐(ふくしゅう)心」の狭間で揺れ動き続けました。私自身も、誰かから下にみられたり、誇りを傷つけられたりすると、そのことへの悔しさをバネに努力してはい上がるタイプの性格です。復讐心や闘争心は人の心のどこかに必ずあるもので、人は愛情だけで生きられるものではありません。なので、対立する王家への復讐心に燃えて行動するリチャードの心理というか執念も、少し想像できる気はしました。
ですが、「愛情か、復讐か」という究極すぎる選択。最後にその選択を迫られたリチャードが下した決断をどうとらえたらいいのか、私にはまだ答えがみつかりません。観終わった後、心に残るのはただの悲しみではなく、愛と、人間らしさの中にある美しさでした。観劇させていただいてからかなり時間が経ちましたが、いまだに曲が頭で流れたり、数々の場面を思い出しては切ない気持ちになったり、とても響いた作品でした。
舞台を収録したブルーレイも発売されるそうで、私ももう一度あの世界に引きずり込まれようと思います!
◆佐月愛果(さつき・あいか) 2002年生まれ、大阪府出身。6歳からミュージカルを始める。2020~24年にアイドルグループNMB48に在籍。