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東山魁夷 香川県立東山魁夷せとうち美術館

祖父の故郷に 自分のルーツ探す

「朝の内海」 1959年ごろ 紙本彩色
「朝の内海」 1959年ごろ 紙本彩色
「朝の内海」 1959年ごろ 紙本彩色 「月光」 1998年 麻布彩色

 今年生誕110年を迎えた日本画家、東山魁夷(1908~99年)。青色を基調とした詩情豊かな風景画で知られています。

 当館は、魁夷の祖父が香川県坂出市櫃石(ひついし)島の出身という縁で2005年、近くの沙弥島(しゃみじま)に開館しました。建物は、谷口吉生(よしお)の設計。展示室を抜けると瀬戸内海が一望できる造りで、心が開放されます。版画やスケッチなど約300点を収蔵。現在は、90歳までの画業と人生を振り返る展示をしています。

 「朝の内海」は、今年の瀬戸大橋開通30周年にちなんだ展示の一つ。山を画題にすることが多かった魁夷が、瀬戸内海を描いた希少な作品です。岡山県の南端、鷲羽(わしゅう)山から櫃石島を見た風景。本名の新吉を祖父から受け継いだ魁夷は、そこに自分のルーツを探していたのでは。粒子の細かい岩絵の具を使い、一隻の船を囲むように、輝く潮の流れを点々で表現しています。おだやかに見えて、海面下では潮の渦巻いている様子がうかがえます。朝から夕方まで、刻々と変化する海の色を敏感に感じ取っていたのでしょう。

 もともと油彩画家を志していた魁夷は、親の反対に遭い日本画家になりました。東京美術学校卒業後は、ドイツに留学するなど西欧的なものへの憧れは終生持ち続けたようです。それが感じられるのが、日展最後の出品作「月光」。山形県蔵王の月夜を描いていますが、どこか幻想的。魁夷は本作について「精霊の踊りが始まりそうな澄んだ夜である」と記しています。晩年には橙(だいだい)や紫も使いましたが、これは青と白で統一された世界。写実に基づく画風の中にも、メルヘンな精神性があったのでしょう。

(聞き手・石井広子)


 《香川県立東山魁夷せとうち美術館》 香川県坂出市沙弥島南通224の13(TEL0877・44・1333)。午前9時~午後5時。300円ほか。原則(月)休み。「朝の内海」は9月9日まで、「月光」は9月15日から展示。

窪美酉嘉子さん

学芸員 窪美酉嘉子

 くぼみ・ゆかこ 専門は日本近代美術史。東山魁夷の画業を、多様な角度から紹介する。瀬戸内ゆかりの芸術家の研究も。

(2018年7月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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