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食べるミルクセーキ 忘れぬ驚き 長崎だけで味わう

食べるミルクセーキ=株式会社リンガーハット提供

 先日、とある方から、「澤田さんは下戸だと聞いたけど、どんなお菓子が好き?」と聞かれて、戸惑った。

 

 その方はご自身が甘いものをほとんど召しあがらないため、食べ物の好き嫌いのようにスイーツにも好悪があるとお考えになったらしい。確かに、「今日のおやつは豆大福にするか、どら焼きにするか」「シュークリームとティラミスとどっちを買うか」と悩むことはある。しかしそれはあくまでその日の気分に左右されるだけの話で、余人はいざ知らずわたし自身はこと甘味と呼ばれるたぐいであれば何でも好きだ。しかしその中でも特に、その地を訪れた際、毎回、どんな忙しくても食べに行く甘味がある。それは長崎の「ミルクセーキ」だ。

 

 ミルクセーキといえば喫茶店でお馴染み、牛乳・卵・バニラエッセンスなどで作られるしっかりと甘い、あのドリンク。ただわたしが愛する長崎のミルクセーキは、牛乳や卵で作られる点は同じだが、飲み物ではなく、スプーンで食べるシャーベット状の氷菓子だ。店舗によって味わいはさまざま異なるものの、注文するとおおむね縦長のグラスにこんもりと盛られて運ばれてくる。

 

 卵と牛乳のしっかりした甘さを氷が受け止めるため、のど越しは見た目よりすっきり。いわゆるスムージーよりも氷の粒が大きいため、ゆっくり食べてもなかなか溶けないのもありがたい。それでも途中で必ず頭がキーンとなり、痛ててててと休憩時間を取るのだけど。

 

 長崎はわたしにとってもっとも訪れた回数が多い旅先で、高校の修学旅行を皮切りに、そろそろ数え切れないほど足を運んでいる。最初にミルクセーキに出会ったのは、大学生の頃。インターネットによる情報化の波はまだ訪れず、地方の特徴的な食べ物について事前に知る機会もさして多くはなかった。

 

 その時は大学院生の先輩たちに連れられての長崎史跡旅行で、休憩しようと入った喫茶店で、はて?と首をひねった。メニューに「ミルクセーキ」として貼られていた写真が、あきらかに自分が知っているそれと違ったためだ。尋ねてみたものの、周囲の先輩がたも不思議そうな顔をしていた。

 

 面白そうなことと普通のことがあれば、なるべく前者を選ぶのが、昔からの信条だ。「頼んでみればいいじゃない」と言われるまでもなくオーダーし、予想外の飲み物……いや、食べ物の登場に目が点になった。同行の先輩たちまでが目を丸くしていたことを、よく覚えている。

 

 あれからすでに四半世紀。ネットの発達に加え、ご当地グルメブームやそれを利用した地方振興活動などもあって、われわれは自宅にいながら全国各地の食べ物に接することができるようになった。長崎のミルクセーキもまたその例に漏れず知名度を得、近年では駅に降り立った瞬間に、「名物 長崎ミルクセーキ」ののぼりを見る。先日も、都内でふと入った全国展開のちゃんぽんチェーン店のメニューに、「食べるミルクセーキ」の文字を見つけて仰天した。

 

 ただ、各地がインターネットによって結ばれ、その気になればどんなご当地食についても事前に学ぶことができる今だからこそ、まだ二十歳を過ぎたばかりだったあの日、もはや場所も店名も忘れてしまった喫茶店で出会った最初のミルクセーキへの驚きは忘れがたい。これほどに情報が氾濫した現代社会において、この先ふたたび、あれほど楽しい混乱を伴う味覚に出会うことは可能だろうか。

 

 知ることは時に喜びであり、また場合によってはその喜びを事前に少しかすめ取っていく。せめてはあの日の驚きを忘れぬためにも、ミルクセーキは長崎だけで食べる甘味だと強く心に誓っている。

 

 

 


 

澤田 瞳子さん

 さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年、『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『赫夜』『孤城春たり』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之

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