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俳優人生34年のイ・ビョンホン 映画祭で演技指南

写真はすべて釜山国際映画祭提供

今年第30回を迎えた釜山国際映画祭(9月17~26日)でもっとも注目を集めた俳優はイ・ビョンホンだった。開幕作の「仕方がない(No Other Choice)」(パク・チャヌク監督)に主演し、開幕式の司会も務めた。さらに俳優のトークイベント「アクターズハウス」で1時間にわたって観客と話し、ユーモアたっぷりの口ぶりで会場をわかせた。

 

 

イ・ビョンホンがデビューしたのは1991年、今年で俳優人生34年を迎えた。デビュー当初はテレビドラマで人気を博し、映画で脚光を浴びたのはソン・ガンホと共演したパク・チャヌク監督の「JSA」(2000)だ。軍事境界線近くで警備に当たる南北の兵士の密かな交流を描いた大ヒット作で、イ・ビョンホンが韓国側、ソン・ガンホが北朝鮮側の兵士を演じた。

ドラマも「IRIS-アイリス」(2009)や「ミスター・サンシャイン」(2018)などに出演しヒットを飛ばしたが、活躍の主な舞台はスクリーンだ。これまでに40本以上の映画に出た。

パク監督作への出演は今作「仕方がない」で3本目。イ・ビョンホンは「僕に監督をやってみたらどうかと勧めてくれる人も多いが、パク監督の仕事ぶりを見ていると到底できないと思う。ディテールにこだわって、想像できないほどの量の仕事をこなしている」と話す。一方、監督たちはイ・ビョンホンについて「現場で積極的に意思疎通を図り、発想豊かなアイデアを出してくれる俳優」と評価する。監督を勧められるわけだ。

 

 

「仕方がない」でイ・ビョンホンが演じた主人公マンスは突然解雇され、再就職に奮闘する。マンスの妻をソン・イェジンが演じた。「仕方がない」で印象に残るシーンとして、イ・ビョンホンは再就職のための面接の場面を挙げた。「マンスは、窓から入る日差しが当たるのを避けようと顔を左右に動かしながら、虫歯が痛いのを我慢し、焦りと不安で貧乏ゆすりをしながら、面接官の質問に答える。いろんなことを同時に演じたシーンだった」と振り返る。パク監督がイ・ビョンホンの演技力を信じて高度な演技を求めたようだ。イ・ビョンホンは「これらの動作を同時に見せるには、セリフや感情は完璧に熟知していないといけない」と強調した。何でもないようなシーンの裏にも、想像をはるかに上回る監督の演出のディテールと俳優の努力があることを感じさせた。

 

 

「カメラの前で感情に集中できないときはどうしたらいいですか?」という演技専攻の若者の質問には「緊張すると自分の実力の半分も発揮できないので、自分なりの緊張を解く方法を見つけてほしい」と答えた。「ストレッチをしたり、スタッフと仲良くなったり、感情だけに集中できる状況を自分でつくる努力が必要」というアドバイスだ。

とは言え、イ・ビョンホン自身も緊張することはある。米アカデミー賞授賞式で授賞者としてステージにあがる前、俳優のアル・パチーノと食事をした。相談すると「カメラの前でも緊張するのか?」と聞かれた。「カメラの前では緊張しない」と答えると、「じゃあ、マイクの前で誰かになりきって演技すればいい」とアドバイスを受けた。いいアイディアだと思ってステージに立ったが、「こんにちは、イ・ビョンホンです」と最初の一言を言った瞬間に誰かになりきることに失敗して緊張したというエピソードを披露、会場をわかせた。

 

 

別の若者からの「俳優志望者は何をすべきですか」との問いには、「私自身は背中を押されるようにデビューしたので、演技を習ったことがなく苦労した。俳優というのは待つ仕事で、それが6カ月、1年、数年になるかもしれない。その間に何でも演じられるように英語や水泳、乗馬、小説を読むなど学び続けることを勧めたい」と答えた。質問をした観客の大半が俳優が夢という若者で、さながらイ・ビョンホンの演技クラスだった。

 

成川彩(なりかわ・あや)

韓国在住文化系ライター。朝日新聞記者として9年間、文化を中心に取材。2017年からソウルの大学院へ留学し、韓国映画を学びつつ、日韓の様々なメディアで執筆。2023年「韓国映画・ドラマのなぜ?」(筑摩書房)を出版。新著にエッセー「映画に導かれて暮らす韓国——違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ」(クオン)。2023年に鶴峰賞(日韓関係メディア賞)メディア報道部門大賞を受賞。

 

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