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玄界灘を越える演劇 日本の戯曲専門の韓国の劇団

私(なつ)と、私の恋人の母(はつ江)、私の元恋人(結海)の3人の‘他人’のおかしな同居生活を描いた演劇「他人」がソウルの演劇街、大学路(テハンノ)で6月26日から7月6日にかけて上演された。原作者は竹田モモコさんだが、セリフは韓国語。俳優コ・スヒさんが代表を務める「劇団国道58号」は、日本の戯曲を専門とする劇団だ。

2023年にできた劇団で、日本の戯曲を韓国語に翻訳して上演するのは朗読公演を含めて「他人」で6作目。「他人」は2022年に「『日本の劇』戯曲賞」の最優秀賞を受賞した注目作だ。韓国語版は国際交流基金ソウル文化センターの「次世代日本の戯曲翻訳家発掘プログラム」を通して選ばれたイム・イェソンさんの翻訳だ。

 

 写真はいずれもキム・ハラム氏撮影

 

「他人」は舞台上に畳が敷かれ、登場人物の名前も日本名、テレビから流れる音声も日本語だ。設定は日本のまま、韓国語で演じた。コ・スヒさんは「できる限り原作そのまま、韓国風にアレンジせずに上演している。日本にこんな戯曲がある、と紹介するのが目的」と話す。

「他人」は同性愛の話でもある。なつ(チョン・イェジ)も、なつの恋人も、結海(パク・チウォン)もみんな女性だ。おかしな同居の発端は、なつの恋人が入院したことだ。はつ江(チャン・ヨンイク)が田舎から上京し、なつとなつの恋人が2人で暮らすアパートに転がり込んでくる。そこへ結海まで加わって、ややこしい展開に。コ・スヒさんは最初に戯曲を読んだとき、世代間のギャップをユーモラスに描いた点に魅力を感じたという。

 

 

はつ江は娘がレズビアンという事実を知らなかったが、3人で過ごすうちに気付いてしまう。だが、わりとあっさり受け入れる。コ・スヒさんは「韓国の親ならもっと感情的に反応すると思う。すぐに受け入れるのにはびっくりした」と話す。同性愛に対する社会的な受け止め、親子の関係性など、日韓の違いが感じられる部分だ。

さらにコ・スヒさんは「日本と韓国では表現方法が違う」と言う。韓国は感情をストレートに表現する一方、日本は口ごもったり遠回しに言ったりするのが戯曲にも出てくる。俳優たちが戯曲の日本的な部分を理解できず、一緒に日本の映画やドラマを見ながら勉強しているそうだ。

劇団名の国道58号は、日本の国道58号だ。鹿児島から種子島、奄美大島を通って沖縄に至る国道で、海上を結ぶ。コ・スヒさんは日本の戯曲が好きで、韓国で紹介する劇団を作ろうと思っていた矢先、沖縄へ行き、国道58号について知った。日韓を演劇で結ぶイメージをそこから得た。

 

 

コ・スヒさんは「劇団国道58号」では演出を務め、演出家としては「ナ・オッキ」という名前を使っている。自ら戯曲の翻訳を手がけることも多い。両親と夫の名前から1字ずつとって作った名前だが、日本人の名前のようにも聞こえる。

コ・スヒさんはもともと舞台俳優だが、ポン・ジュノ監督の「ほえる犬は噛まない」(2000)、パク・チャヌク監督の「親切なクムジャさん」(2005)をはじめ映画やドラマでも知られる。2000年頃から日韓の演劇交流に関わる機会が増え、日本語を学び始めた。日韓共同制作の演劇「焼肉ドラゴン」の初演(2008)では在日コリアン1世の役を熱演し、読売演劇大賞優秀女優賞を受賞した。今年は日韓国交正常化60周年を記念し、10月に東京、11月にソウルで「焼肉ドラゴン」が上演され、コ・スヒさんも出演する。

「劇団国道58号」の次作は土田英生の戯曲「相対的浮世絵」で、8月15~17日、ソウル郊外の京畿道議政府市の「議政府芸術の殿堂」で上演される。

 

成川彩(なりかわ・あや)

韓国在住文化系ライター。朝日新聞記者として9年間、文化を中心に取材。2017年からソウルの大学院へ留学し、韓国映画を学びつつ、日韓の様々なメディアで執筆。2023年「韓国映画・ドラマのなぜ?」(筑摩書房)を出版。新著にエッセー「映画に導かれて暮らす韓国——違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ」(クオン)。2023年に鶴峰賞(日韓関係メディア賞)メディア報道部門大賞を受賞。

 

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