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建モノがたり

録ミュージアム(栃木県小山市)

人が集い寄り添う大樹の下

茶室のにじり口のように頭を下げて入ることで素の自分で絵と向き合えるのでは、と低くした入り口。煙突のような部分は天窓
茶室のにじり口のように頭を下げて入ることで素の自分で絵と向き合えるのでは、と低くした入り口。煙突のような部分は天窓
茶室のにじり口のように頭を下げて入ることで素の自分で絵と向き合えるのでは、と低くした入り口。煙突のような部分は天窓 照明がないカフェスペース。向きの違う九つの窓のどれかから、季節や時間によって雰囲気の違う日が差す。美術館・カフェとも臨時休業中

木立に囲まれた不思議な形の建物。まるで枝に沿ってカーブしているみたい。どうしてこうなったの?

 大型車が行き交うバイパスから一歩入った場所。木々に囲まれ、つば広帽子が連なったような小さな美術館とカフェは、塚田享子さん(60)が運営する。地元でタクシー会社などを経営した父・録さん(故人)が収集した美術品を展示し、住民が気軽に立ち寄れる場をと、タクシー駐車場跡に計画した。

 設計した中村拓志さん(46)は大木の下に人が集まる様をイメージした。夏は日ざしを遮り、冬は日が入るようにと南側に落葉樹。北側には、防風林で空っ風をさえぎる伝統的な民家に倣い常緑樹。地元の造園業者が持て余していた大木を21本、互いに枝葉が重ならないように植えた。

 風で揺れる範囲を含め枝ぶりを3Dで測量し、木々の間を縫うように建物を配置した。「建物が緑のジャケットを着ているよう」。木を建築の主役にすれば、人は心地よく振る舞えると話す。

 幼いころから父の転勤について日本各地に住んだ経験がある中村さん。父が大学で地域経済学を教えていた影響もあり、地域の社会や自然、暮らす人の気持ちに寄り添った設計を心がける。塚田さんは、「とりとめもない話に耳を傾け、気持ちをくみ取って造って下さった」と振り返る。

 東日本大震災後、店内で涙する女性がいた。福島の原発で働く夫と離れ、子どもと近くの社宅に住む女性は、子どもを預け一人で泣きに来たと話した。国内外問わず、建築を見に来る人も多くいる。地元・小山と芸術を愛した父の名を冠する美術館は、当初の思惑をはるかに超えて人が集まる場所になった。

(山田愛、写真も)

 DATA

  設計:中村拓志&NAP建築設計事務所

  階数:1階
  用途:ミュージアム、カフェ
  完成:2010年9月

 《最寄り》 小山駅からバス


建モノがたり

 小山駅前のおやま本場結城紬クラフト館(問い合わせは0285・32・6477)では、ユネスコ無形文化遺産に登録された「本場結城紬」の地機織り実演や体験、着付けを楽しめる。午前9時~午後6時。7日まで臨時休館(延長の可能性あり)。

(2021年2月2日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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