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建モノがたり

後山山荘(広島県福山市)

建築家の思想 100年の時超えて

居間やサンルームには昭和初期の吹きガラスが使われ、屋根は特徴的な二重構造だ

戦後は一時「廃屋」になりながらも、100年前の建築環境工学の思想を受け継ぎ、再生された山荘がある。

 アニメ映画「崖の上のポニョ」の舞台モデルとされる瀬戸内の港町・鞆(とも)の浦(広島県福山市)。古い町並みを抜け、勾配のある石畳の坂道を上っていく。息があがり始めるころ、小路に分け入り、重厚な石垣をすり抜けてモダンな門扉をくぐる。視界がふっと開け、眼下には瀬戸内海と鞆港が広がる。そこに、二重屋根を持つ平屋造りの別荘建築「後山山荘」が姿を現す。

 「風で家を冷やす」ことを試みた住宅「聴竹居(ちょうちくきょ)」(京都府大山崎町、重要文化財)で知られる建築家・藤井厚二が昭和初期、兄の豪商与一右衛門の求めに応じて建てたという。

 後山山荘倶楽部共同代表の谷藤史彦さんによると、戦後は長く忘れ去られ、建物の大部分が崩壊して廃屋と化していたが、南側に残されたサンルームの構造や意匠が聴竹居と酷似していたことで、厚二との関係が改めて注目されたという。

 外気を取り込み、サンルーム天井の排気口から空気を逃がすーー。機械設備に頼らない自然換気のモデルは、日本の気候に適応した住宅を探求し続けた厚二が、自邸「聴竹居」で結実させた思想でもある。二重屋根もその一環で、上下の屋根の間に空気層を設け、熱負荷を和らげる仕組みだという。

 保存の機運が高まるなか、オーナーの藤井英博さんから「廃屋」となった建物の再生を託されたのが、建築家・前田圭介さん(UID)だった。図面は残されておらず、がれきに埋もれた敷石や、蔵に保管されていた建具の寸法を手がかりに図面を起こしていったという。背後に広がる日本庭園も山にのみ込まれた状態で、「発掘作業」を重ね、モミジを主体に滝を配した庭園の再生を実現した。

 二重屋根やサンルームといった構造的・環境的な骨格は厚二の思想を継承しつつ残し、前田さんは現代的な感覚で空間を読み替えた。復元でも保存でもない「再生」に4年を費やし、2013年に完成した。サンルームや居間の大きなガラス窓越しに広がる、かつて朝鮮通信使が「日東第一形勝(日本で最も美しい景勝地)」とたたえた鞆の浦の眺望は100年前とほとんど変わらないという。前田さんの「味付け」の一例は、内と外との「境」をあいまいにする空間の創造だ。畳敷きだった東側の縁側的空間を石敷きの「内路地」として再生するなどし、室内でありながら屋外の延長のように感じられる現代的な空間を生み出した。

 100年の時を超えて2人の建築家が関わり、令和の時代にも違和感なく存在している。「建物、景観、庭の存在感のあるランドスケープ全体の次の100年が楽しみです」と藤井さん。山荘は年5日、公開されている。

(倉持裕和、写真も)

 DATA

  設計:藤井厚二(改修・前田圭介)
  完成:昭和初期(改修・2013年)
  階数:地上1階
  用途:住宅

 《最寄り駅》:福山駅からバス


建モノがたり

 鞆港の西側には海中の基礎から高さ約12㍍の石造の常夜灯がある。地元では「灯籠塔(とうろどう)」と呼ばれ、鞆の浦のシンボル的存在だ。建造は1859年で、現存する江戸時代の灯台では最大級という。日没後はあかりがともり、幻想的な雰囲気はフォトスポットとしても人気だ。

2026年7月14日、朝日新聞夕刊記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください。

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