読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

漁民の信仰 瀬戸内海歴史民俗資料館

大漁・航海安全を願う心 今も

漁民の信仰 瀬戸内海歴史民俗資料館
㊧「ヨベスサン」 全長93センチ、3代目天狗久作 ㊨「リョースケサン」 同99センチ いずれも昭和時代、香川県・伊吹島
漁民の信仰 瀬戸内海歴史民俗資料館 漁民の信仰 瀬戸内海歴史民俗資料館

 海に浮かぶ島々を高台から望む当館は、瀬戸内地方11府県の歴史・民俗資料を収集、調査研究する広域館です。核となるコレクションは漁具と船、船図と船大工用具、西日本の背負運搬具の3群で計約6千点。いずれも国の重要有形民俗文化財です。

 「ヨベスサン」と「リョースケサン」は大漁祈願の人形で、香川県・伊吹島の網元の家では今もセットで祭られます。ヨベスの語源の恵比寿は、右手に釣りざお、左手に鯛を持つ漁の神様。リョースケは「漁助・良助」の意ともいわれます。

 かつては鯛網漁などが風物詩だった瀬戸内。春から夏には「阿波木偶箱まわし」といって、人形浄瑠璃の盛んな阿波(徳島県)から門付け芸人が各地の漁村を訪れ、人形の舞で漁の始まりを祝いました。祭られる人形はこうした芸人を介して入手したようで、このヨベスサンにも、徳島県の人形師の銘がみられます。

 全国的にも信仰される「フナダマ(船霊)サン」は、航海安全を願って船に安置する守り神です。男女一対の人形のほか、サイコロ、五穀や硬貨、女性の髪の毛を入れることもありました。船体の一部をくりぬいた中に納め、元通りにふたをするため、船大工以外は目にすることがありませんでした。

 フナダマサンは船に危険があるとチリンチリンという音で知らせてくれるといわれています。私も実地調査を行ったところ、「音を聞いたことがある」という人は現在60代くらいの漁師の方やご家族にもいて、信仰は今も続いていることが分かります。

(聞き手・中村さやか)


 《瀬戸内海歴史民俗資料館》 高松市亀水町1412の2(問い合わせは087・881・4707)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。無料。3点は常設展示。(月)((祝)(休)の場合は翌日)休み。

たい・よしあき

館長 田井静明

 たい・よしあき 1961年生まれ。高校教諭を経て、香川県歴史博物館(現県立ミュージアム)設立に関わり、その後現職。香川・瀬戸内地域の祭礼行事などを研究。

(2021年3月30日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 台東区立一葉記念館 枠外までぎっしりと。肉筆が伝える吉原周辺の子どもたちの心模様。

  • 京都国立博物館 中国・唐と日本の技術を掛け合わせた陶器「三彩蔵骨器」。世界に日本美術を体系的にアピールするため、「彫刻」として紹介された「埴輪(はにわ)」。世界との交流の中でどのようにはぐくまれてきたのでしょうか?

  • 昭和のくらし博物館  今年は「昭和100年」ですが、昭和のくらし博物館は、1951(昭和26)年に建った住宅です。私たち小泉家の住まいで、往時の家財道具ごと保存しています。主に昭和30年代から40年代半ばのくらしを感じられるようにしています。この時代は、日本人が最も幸福だったと思います。日本が戦争をしない国になり、戦後の混乱期から何とか立ち直り、明るい未来が見えてきた時代でした。

  • 国立国際美術館 既製品の中にある織物の歴史や先人の営みを参照し、吟味し、手を加えることで、誰も見たことのないような作品が生まれています。

新着コラム