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いつしか心奪われ、離れられなくなり……甘さじんわり 熊本名物いきなり団子

出典:農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」

こと食べ物については執念深い質なので、珍しいもの、美味しいものに関する記憶は常に鮮明だ。自分でも驚くほど――有体に言えば、ちょっと「引く」ほど、それらと出会った際のシチュエーションや感想を克明に覚えている。ただそんな中でわたしにしては奇妙なことに、いつどこで知ったのか不明な好物が一つある。熊本県およびその周辺の郷土菓子、いきなり団子だ。

 

輪切りのサツマイモと小豆餡。それを小麦粉などの皮で包んで蒸したこの菓子は、皮部分を発酵させていないため、もちもちとした歯ごたえが面白い。最近では小豆餡の代わりに紫芋餡を使ったもの、皮に桜味や蓬味をつけたものなどバリエーションも豊かだが、個人的にはやはりサツマイモと小豆餡のシンプルなものが好ましい。芋・豆・小麦の食べ応えも、痩せの大食い気味のわたしには大変嬉しい。

 

一個が大きいので、「丸ごとは多いかな」とまず半分食べてみる。「もう少し食べられそう」と残りのうち半分に手を出し、「ここまで来たら、ちょっとだけ残してもねえ」と結局、一つ食べてしまう。その都度、ううむ、食べ過ぎたと反省するものの、油を使っていないため、胃もたれはしない。満腹感とサツマイモや小豆のじんわりとした甘さだけが身体に残る、滋味あふれる菓子なのだ。

 

ただ前述の通り、わたしは京都から七百キロ以上離れた熊本のこの菓子との出会いを記憶していない。人生初の来熊(らいゆう)は、今から十五年前。その時にはすでにいきなり団子が好物の一つとなっていたので、付き合い開始は二十年ほど昔になるようだ。

 

さて、こうなると事情は少々謎めいてくる。ネット通販でこの菓子を買ったのであれば、珍しいために覚えているだろう。となると、わたしといきなり団子の出会いはリアルだったと推測できる。今日ほど地方の産物が他エリアで販売されていなかった二〇〇〇年台、九州のローカル菓子、しかも日持ちのしない品を関西で買える機会は多くない。可能性が高いのはデパートの物産展だろうが、問題はこの食べ物に対して執着の強いわたしが、その出会いをまったく記憶していない事実だ。そんなことが果たして、あり得るのか?

 

強引に推理をすれば、初めて出会った時――たとえばたまたま通りかがった「九州物産展」でいきなり団子なるものを買った時――、わたしはそれをさして美味しいと思えなかったのかもしれない。当時、わたしはまだ二十代前半。いきなり団子の滋味を感じ取るには、確かに少々若すぎる。

 

そうなると、わたしはその後どこかのタイミングで、いきなり団子が美味しいと気づいたのだろう。ただそのためには、当初はさして関心を抱かなかったにもかかわらず、この菓子を幾度も買い続けていなければならない。

 

つまり二十代のわたしは、その時点で抱いている感想とは裏腹に、「どうやらこの菓子は美味しいらしい。今はまだ分からないけど」と考え、その後も機会があるたび、いきなり団子を食べ続けていたのだろうか。

 

それは十分あり得る。顧みればかれこれ三十年前、わたしはお能というものがどれだけ見ても面白いと思えず、「今は分からないけど、古くから多くの人が楽しんでいるのだからこれはきっと面白いはず」と考えて、大学の能楽部に入部した。稽古事の師匠が猫を飼い始めたのを見て、当時、犬派だったにもかかわらず、「猫とはそんなに可愛いものなのか」と興味を抱き、結果、立派な猫派となってしまった。好奇心に駆られた末のそんな様々を振り返れば、いきなり団子に対しても似た行動を取った可能性は高い。

 

そんないつの間にか魅力に気づき、離れられなくなるゆるやかな関わりは、いきなり団子の優しい味わいにふさわしい。そして、「まあ、細かなことは改めて考えよう」と思いながら、わたしはまた大きないきなり団子を丸々一つたいらげてしまうのである。

 

田 瞳子

さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『火定』『春かずら』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之

 

 

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