自分の旅好きを自覚したのは三十代に入ってからと、案外遅い。もともと大の読書好きで、出かけるよりは家で本を読んでいたい性格なので、学生時代は長期休暇の時も、家族から「たまにはどこに出かけてきたら」と言われるほど自宅に引きこもっていた。だから、おや? 意外と外の世界も楽しいぞと気づくには時間がかかったし、その頃にはすでに小説家として仕事を始めてしまっていた。
ゆえに周囲からは旅好きと思われているが、わたしも教えを受けた考古学者の故・森浩一先生は、すべての都道府県で各十か所の異なる町に宿泊することを志し、五十代で完遂なさった。それを思えばわたしは、たとえば青森県では三か所、岩手県では六か所にしか泊まっていないので、まだ各地の上っ面を撫ぜたに過ぎない。
そんな中でまずその地ならではの味覚に接し、それから「あそこに行きたい」と関心を持つ例も数多い。山形県はまさにその一例で、きっかけとなったのは食用菊「もってのほか」だ。
もってのほかの正しい名称は、「延命楽」。赤みのかかった紫色が美しい菊の花だ。一風変わった通称は、「皇室の御紋の菊を食べるなんてもってのほか」や「もってのほか美味しい」などからつけられたと諸説あるらしい。
可食部は花弁。さっと湯がいたそれを、おひたしや和え物にする。食用花というとフレンチやケーキの飾りを想像しがちだが、野菜のようにしっかりと食べる。
わたしがこの食材を知ったきっかけは、小池田マヤさんの漫画『颯爽な家政婦さん』。某家政婦協会のエース家政婦・里さんが、いただきもののもってのほかを「わしわし食べたい」と表現するのに心を惹かれた。それから間もなく、京都の和食店で思いがけず、白和えにされたもってのほかを口にする機会があり、「これがあの!」とひそかに小躍りした。ただ先附として出されたそれはほんのひと口程度の分量で、独特のシャキシャキした食感とほのかな香り・苦味は楽しめたが、正直、物足りなかった。
どうせなら、もっとしっかり食べてみたい。そんなことを考えていたある秋の日、上京ついでに銀座の山形物産館を訪れれば、なんと袋詰めされたもってのほかが売られている。一も二もなく買い求め、早速、家で調理に取りかかった。
驚いたことに、ガクから外した花びらは、渡されたレシピに従って熱湯で一分湯がいても独特の張りが残り、色もほぼ失われない。
「え? 菊をむしるの? 茹でるの?」
と目を丸くして眺めていた家族も、どんぶり一杯のおひたしにされたそれを食べて、「野菜みたいなものなんだねえ」とつぶやいた。
野菜と異なることには、独特の紫色は食卓に出せばいっそう明るく、美しい。決して人目を驚かせ、食欲を失わせる色ではなく、秋の訪れすら感じさせる彩りだ。
ただ自分で調理し、こうしてエッセイに書きながらも、実はわたしはまだもってのほかという食材が今ひとつ腑に落ちずにいる。なにせ、花として眺めても十分に美しいのだ。それをわざわざ手間暇をかけて食べることが、まだどこか不思議な――あえて言えば、背徳的な行為のようにも思われる。
というわけでわたしの中で山形への関心はいや増しており、今年の秋はぜひ、かの地を訪れ、現地でもってのほか料理を体験してみたい。その結果、現在の違和感がなくなってしまうかもと考えれば、楽しみと不安がこみ上げる。しかし未知のものに接し、何かを知るとは、そもそも不可逆な行為だ。知る前の自分には、二度と戻れない。だとすればその喜び哀しみを存分に味わおうではないかと開き直り、わたしは今、山形行きの計画を練っている。
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澤田 瞳子 さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『火定』『金波銀波』など著書多数。 |
![]() Ⓒ富本真之 |