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へぎそば偏愛 コシ豊か 織物文化の海藻いかし 新潟・魚沼

(出典) 農林水産省「うちの郷土料理」

一日に一度は、ほぼ必ず麺類を食べている。うどん、蕎麦、そうめん、ラーメン、パスタ。何なら朝から麺類でもいいぐらいの麺好きなので、旅先でも当然、昼食に麺類を選ぶことが多い。そんな中で、各地で特に楽しみにしているのが、その地ならではの蕎麦との出会いだ。

 

一口に蕎麦といっても、以前にもこのコーナーで取り上げた出雲蕎麦のような挽きぐるみ(殻のついた蕎麦の実を丸ごと挽いた粉で打たれている)から真っ白な更級蕎麦、十割蕎麦から食べやすい五割蕎麦まで、種類は実にさまざまだ。以前、長野に出かけた時は、駅の近くで適当にふらりと入った店の蕎麦の美味しさにびっくりし、そのあとは旅の間じゅう、あちらこちらの蕎麦屋を食べ歩いた。福井県のおろし蕎麦は、小学生の頃、大根おろしの辛味に面食らった記憶から長らく敬遠していたが、十数年前に再挑戦して以来、すっかり好物となった。そんな多種多様な蕎麦との出会いの末、ことに偏愛しているのが新潟県の「へぎそば」だ。

 

魚沼地方発祥とされるこれは、海藻の一種である布海苔(ふのり)をつなぎに使った蕎麦。布海苔がもたらす強いコシと歯ごたえ、そしてほんのわずかなぬめりが特徴で、冷たい蕎麦はもちろん温かい蕎麦でも、独特の感触を存分に味わえる。

 

料理をなさる方ならお分かりいただけるかと思うが、蕎麦は本来、店舗の味を自宅で再現することが難しい食べ物だ。だが、へぎそばはもともとのコシ・歯ごたえが強いため、家でも美味しく茹でることができてありがたい。このため我が家では最近、魚沼から乾麺へぎそばをお取り寄せして常備している。

 

それにしても、蕎麦のつなぎといえば小麦粉や山芋が使われることが多いが、なぜへぎそばは海藻を使うのだろう。実は魚沼地方は古くは中世以来、小千谷縮(おぢやちぢみ)に代表される織物の産地。この織物の糸の糊付けや洗い張りに利用していた布海苔を蕎麦に転用したのが、へぎそばの始まりとされている。

 

板製の「へぎ」に一口分ずつ小分けにして並べられ、供される。盛りつけの際、小分けしたそばを親指にからませ水切りをする様子から「手振り蕎麦」という異名もあるという。それ自身が織目の美しい布のように整然と並べられた様子は、眺めているだけでも楽しい。

 

近代以前においては、たとえば私の住む京都で魚を焼いて食べるには、炭を熾し、井戸で水を汲んで食器を洗い、遠方から買い求めた貴重な魚を焼かねばならなかった。つまりかつての食事とは数々の労働と不可分であり、だからこそ好むと好まざるとにかかわらず、その地域の生活と深く関わり合った。

 

たとえば京都市内西部の和菓子店などで今日でも人気の「麦代餅」や「麦手餅」は、農作業に忙しい各家に配達されていた餅が由来。後日、この餅の代金として麦が渡されていたことから、この名前がついている。また和歌山県から三重県にかけての熊野地域の名物料理として、最近では駅でも販売されている「めはり寿司」は、高菜の浅漬けで米飯をくるんだもの。山の多い同地域で労働に従事する人々の携帯食として食べられていたものが原型だ。

 

一方で現代社会では、食べることは均一化され、我々はさして苦労せずとも多種多様な食事を摂り得る。それは大変便利でありがたいことではあるが、各地域ならではの食文化の喪失と表裏一体でもある。

 

だとすればこれから先、我々はかつて生まれた各地独自の食を楽しみはできても、新しい地域食の誕生に立ち会える折は乏しいのかもしれない。そんなことを考えれば考えるほど、各地で出会える個性的な食の奥深さと貴重さをつくづく思い知らされ、さて、この食べ物は何故この地域で食べられているのかと、箸を取りながら考え込んでしまう。

 

田 瞳子

さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『火定』『金波銀波』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之

 

 

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