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建モノがたり

山の上ホテル(東京都千代田区)

作家ら愛用 老朽化で来月休館

ヴォーリズが好んだという左右対称の外観。休館は「当面の間」、建て替えや改築などの方針は明らかになっていない

 多くの作家に愛されたクラシックなホテル。2月から休館すると聞き、改めて歴史を振り返った。 

 にぎやかな大通りの角を曲がり坂を上る。山の上ホテルの入り口付近は平日の昼間というのにスマホやカメラを手にした人であふれていた。
 1905年に来日し、各地に印象的な西洋建築を残した米国人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した建物は築87年。「老朽化への対応を検討するため」2月13日から休館する。
 左右対称、ブロックを積み上げたような塔屋が特徴の建物はアールデコ様式で、ニューヨークの摩天楼を意識しているとも言われている。当初は「佐藤新興生活館」として建てられた。実業家・佐藤慶太郎が私財を投じ、衣食住に関する西洋式の知識や技術を女性たちに教えるため設立した教育施設だ。
 戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に接収された建物を54年にホテルに生まれ変わらせたのは、国文学者の父が佐藤と親交があった吉田俊男(1913~91)だった。元会社員でホテル経営の経験はない吉田は既存のノウハウに頼らない、独自のもてなしを追求。従業員に日本の名旅館や欧州の一流ホテルを視察させるなどした。
 現在顧問を務める中村淳さん(68)が入社間もないころ、フロントで勤務していると、吉田社長から電話がかかってきた。「前にいるお客様はもう30分以上座っているけど、大丈夫なのか」。どこから見ているのか不思議に思うとともに、一声かけることの重要さを学んだという。
 吉田はホテルの食にもこだわり、自ら築地の市場に足を運び、すべての料理を毎日味見した。「現場のことも従業員の動きも全部見ている。こんなすごい人にはなかなか出会えない」と中村さんは振り返る。
 締め切り間近の作家が部屋にこもって執筆する“カンヅメ”も山の上ホテルの風景の一部だった。編集者が催促に訪れると、作家に頼まれて「先生はいらっしゃいません」と答えるのも仕事だった、と中村さんは懐かしんだ。

(斉藤梨佳、写真も)

 DATA

  設計:ヴォーリズ建築事務所
  階数:地下2階、地上5階、塔屋1階
  用途:ホテル、レストラン
  完成:1937年

 《最寄り駅》:御茶ノ水


建モノがたり

 徒歩2分のトラットリアレモン(☎03・3295・0430)は老舗画材店「レモン画翠」経営のイタリアンレストラン。「レモンパイ」(750円)は1950年に開業した喫茶店時代から続く人気メニュー。ランチ[前]11時~[後]4時、ディナー5時半~10時(ラストオーダー1時間前)、お茶2~4時(同30分前)。原則[日]休み。

(2024年1月30日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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